ルーシアと怪しい男
【幽体離脱】して『モールの宴』を覗く。
すっかりルーシアの歌のファンだ。
というか、この世界ってそこそこ発展しているのに子供向けの娯楽があまりない。
いきなりスマホは望まないが絵本ぐらいはないもんか?
空に船が浮かぶくせに印刷技術はいまいちとかアンバランスな発展具合だ。
大人向けの娯楽はそれなりに充実しているようではある。
となると子供向け商品が金になると思っていないだけかもしれない。
ともあれ暇な毎日なので、日々の楽しみは【幽体離脱】での散策と、遠くに行かせたクサリン兵長とホネッコ上等兵たちのチェック、そしてルーシアの歌ぐらいだ。
クサリン兵長たちは養殖ゴブリンを求めて移動を続けた結果、帝国との国境にある大きめの森に辿り着いたようだ。
どうやらそこに大きめの養殖ゴブリンの集落がいくつもあるようで、森を彷徨ってはそれらを潰して回っている。
養殖ゴブリンによって各地の村などが襲われているのだと考えれば、森に籠るのではなくてもっとあちこちに移動して欲しいんだけどな。
とはいえ見た目がアレだから無闇に彷徨かせていると、それだけで騒ぎになりそうでもある。
俺の頭の中に地図でもあれば兵長たちの移動場所を指示できたりするんだけどな。
領主の屋敷とか、衛兵や騎士がいそうなところはなにか対策されていたら困るからまだ行ってなかったんだけど、そろそろ覗いてみようかな。
『モールの宴』を覗くのは、ルーシアの歌を楽しむためでもあるけれど、客の中に立場のありそうな人間がいないかなっていうのもある。
【傾国】持ちの美女なんて、権力者に見初められて〜〜みたいな流れが王道だし。
そういう意味で気になる人物が一人いる。
常連客の一人だ。
『???:阻害アイテムが使われています』
その人物に【鑑定】を使うとこういう表示が出る。
【鑑定】を妨害するアイテムがあるらしい。
そんなアイテムを使って素性を隠さないといけないということ自体が、怪しい。
貴族か、あるいはとんでもない悪人か。
赤髪で、見た目はイースとはまた違うイケメンだ。
野生味が強いから貴族というよりは……海の男っぽい?
海賊とか?
とはいえ、領都エイゴラは港街ではないから海賊ではないだろうな。
では誰なのだろうか?
養殖ゴブリン退治も落ち着いて暇を持て余していた俺は、この男を尾行してみることにした。
ルーシアの歌が終わり彼女がバックヤードに消えると、男はグラスに残っていた酒を飲み干して立ち上がった。
「あら、ビストール、もう帰るの?」
「ああ。今夜もいい歌だったと伝えてくれ」
「それは無理。彼女、ファンと交流はしないから」
「はは、知ってるよ。いい夜を」
「ええ、そちらも」
ゴードンの艶っぽい声に送られて店を出ていく。
男はビストールという名前だと判明した。
さっそく更新された情報を頭に叩き込みながら、狭い階段を上がって地上に出ていくところを追いかける。
男は五分ほど歩いたところにある宿に入っていった。
常連だから街に家でも持っているのかと思ったけど違うのか?
と、思ったら宿の一階で受付カウンターの中へ入っていく。
宿屋の関係者か?
と思ったら違って、中を通って宿の裏口を出ていった。
そしてそこには立派な馬車が待ち構えていて、ビストールを受け入れると出発する。
「おお」
思わず声が漏れたが、幽霊の声を誰も聞き取らない。
馬車の中に入ろうとしてみたが、通り抜けできなかった。
どういうことかと【基礎魔導知識・極】を検索。
おそらく対魔法物質が使われているためだろうという推測になった。
どうやら【幽体離脱】は本当に魂が抜け出しているわけではなく、魔法的な状態で意識を外に飛ばしているらしい。
なので魔法に対抗する存在があると、通り抜けられなかったりするようだ。
立派な馬車なので、そういう物質が使われていてもおかしくない……という推測になる。
なるほどなと思いながら馬車の屋根に腰掛けてみる。
すり抜けられないだけで、触っていてもなにかがあるわけではないようなのでこのまま運んでもらうことにする。
……つもりだったのだけど。
路地裏から表通りに出る前に、数人の男に囲まれて馬車が動けなくなった。
「へへ、立派な馬車のご主人。恵まれない俺たちにお恵みを」
「ええい、うせろ!」
「うるせぇ! 俺たちは中のご主人に用があるんだよ!」
「ちっ、ほら、これで失せろ」
御者の男がコインを放り投げる。
地面に落ちたコインを、だが男たちは無視した。
「聞こえなかったか? 俺たちはご主人に、用が、あるんだよ」
そう言って、男たちがナイフや剣を抜き放った。
「なっ! 貴様ら!」
「……やめろ」
御者が慌てて剣を抜こうとしたが、その前に馬車から声がした。
扉が開き、ビストールが姿を見せる。
「私に用があるのか?」
「へへ、そうですよ。是非とも、あんたの命が欲しいってね!」
「そうか」
ビストールは驚くこともなく、腰に下げた剣に手をかけた。
「それはさすがにやれんから、代わりにお前らの命を届けさせよう」
そう言うが早いか、ビストールの姿は路地裏の闇に溶けるようにその場から消え、男の一人を斬った。
首が半ば以上切れた男は、そこから笛のような音を発して血をこぼす。
その様を見届ける暇もなく、ビストールの姿が再び動き、次の男を切る。
今度は手首。
剣の落ちる音で自分の手が一生戻らないことを理解させられた男は悲鳴を上げる。
そして次、さらに次……瞬く間にビストールは馬車を囲んでいた男たちを切り捨てた。
手首を切り落とされた男だけが、命を繋いでいる。
「さあ、雇い主に告げておけ、今夜は自分たちの命でお許しください、とな」
止まらない血で青白くなっている男は、傷口を押さえながら逃げていく。
「よし、帰るか」
「はぁ、もうこんなことやめませんか?」
「そうはいかん」
「はぁ」
呆れているような疲れているような御者の反応に笑いながら、ビストールは剣に付いた血糊を拭き取り、鞘に戻す。
主人が元の場所に戻り、馬車が動き出す。
残された死体がもったいないので【死体貯蔵】で保管しておくことにした。
その後は何事もなく馬車は進み、領都エイゴラの中央にある領主館へと入っていった。
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