ミライザの生活と俺の命名
俺が薄暗い下水道でゴブリン潰しに勤しんでいる間に、ミライザは生活リズムを安定させていった。
夜は『モールの宴』でウェイトレスと掃除婦の仕事に勤しみ、仕事が終われば昼まで寝る。
給料は十日毎に支払われるので、最初の給料をもらうと生活に必要なものを買い求め始めた。
積極的にミライザの世話をしてくれたのはオネエゴリラのゴードンだ。
今日も店の買い出しついでにミライザの買い物に付き合っている。
ちなみに赤ん坊の俺はゴードンの腕の中だ。
まぁいいんだけどさ。
ミライザも、当初は田舎にはいなかったオネエゴリラという存在に戸惑っていたけれど、すぐに慣れた。
いまではすっかり頼っている。
「これ、可愛いわねぇ」
古着屋で見つけた、凝った刺繍の入った涎掛けにゴードンが大興奮している。
「クリスちゃんにも似合いそう」
とミライザの手に映った俺に合わせている。
後、俺の名前だがクリスということになった。
ここに来てようやく俺の名前が決まった。
自分の名前なんてどうでも良かったのだけれど、ないと周りの人たちが困る。
そもそも、俺に決定権はない。
名前なんて周りが決めるものだ。
古着屋で俺とミライザの着替えをいくつか買う。
ミライザの食事は『モールの宴』で仕事始めと終わりに食べさせてもらっている。
休みの日は『ウィートンパン店』のパンだけ。
俺のヤギミルクは、だいたいだが1日500mlペットボトル一本ぐらい。
【魔力摂取】で栄養は足りているので、あまり負担をかけないように小食ぶっている。
【精気摂取】を使うと接触している人を疲れさせてしまうので、使っていない。
まぁ、人攫いに攫われたりした時には使うとしよう。
そんなことがない方がいいのだけれど、この街も決して治安がいいわけではない。
下水道探索のついでにあちこちを覗いているけれど、路地裏なんかだと拳の喧嘩はすぐに見かけるし、刃物が飛び出してくるような場面もいくつか見た。
もちろん、殺人事件も目撃した。
男女問わずの強姦シーンも見かけたので、そういう場面では逃げる隙を作ってやったりもした。
《《男女問わず》》だ。
『嬲る』も『嫐る』も目撃した。
『男男』も『女女』も見た。
いやぁ、知識だけではどうにもできない衝撃というのもあるもんだ。
喧嘩では手助けしていない。
ああいうのはぱっと見ではどっちが悪いかなんてわからないし。
前世の俺からすると割とクラクラするような治安ではある。
こんな街でミランザは無事に生きていけるのだろうか?
とはいえ、『モールの宴』の面々はけっこう個性的で強そうなので、そんな彼らの庇護下に入れたのは、さすが『運40』ということなのかもしれない。
俺を拾ったことも、ミランザの運故だったりするのだろうか?
まぁ、どちらかといえば拾ってもらったという考えの方が正しいのだろう。
恩を返す方針に変更はない。
以前にルーシアに連れていってもらったカフェにゴードンと行き、会話に花が咲く。
店の客の愚痴からゴードンの扱う酒の話まで、会話はいろんな場所に飛び回るのをミライザの膝の上で聞きながらうつらうつらとする。
そうしている内に、ミライザが都会に憧れてという話から話題が王都の話になった。
「ゴードンは王都に行ったことがあるの」
「ええ、あるわよ」
「すごーい! どんなところなの?」
「まぁ、ここより治安はいいわね」
と、ゴードンは含んだ言い方をした。
「でも、その分ここより窮屈よ。着飾った綺麗な人たちもいるから、ミライザには見応えがあるかもしれないけどね」
「うん、そういう人たちを見てみたいわ。ゴードンは王都にはいられなかったの?」
「そうね。肌に合わなかったわ。あの街は物も集まって豊かで美しいけれど、私を受け入れる器量はなかったのよ」
「ふうん」
「ここなら、文句のある奴は殴って言うことを聞かせればいいから、簡単よ」
「あははは、なるほど〜」
なるほど、そうやってゴードンはこの街に無理矢理馴染んだのか。
「この街はこの国でも一番に治安の悪い場所だけれど、その分、王都とはまた別の意味で物が豊富だし、いろんな価値観もあるわ。だから、私にはちょうどいい」
そして、ここがけっこうひどい場所であることが判明した。
いや、そうじゃないかとは思っていたが、やっぱりか。
「でも、ミライザにはどうかな?」
「え?」
「この街に馴染む前に、もっとマシな場所で生きていけるようになった方がいいかもしれないわね」
などと、ゴードンが人生の先輩めいたことを言うと。
「ううん、ここはいいところよ」
とミライザは言った。
「故郷でなにも決めらなかった時よりもずっとずっといいもの。そりゃあ、ここよりいいところだってあるかも知れないけど、そんな高望みすることばかり考えていたら、ここにある楽しいことを見逃してしまうわ」
「え? ええ、そうね」
「王都もいいところかもしれないけれど、そこにはルーシアもゴードンも『モールの宴』のみんなもいないわ。みんなのしていることはとても楽しそうだもの、それを見ていられないなんて、もったいないわよ」
「……ふふふ、ミライザは楽しい子ね」
「人生は楽しんだ者勝ちよ! ねぇ、クリス?」
と、俺に同意を求める。
楽しんだ者勝ちか。
いや、その通りだろうなと俺は頷く代わりに「だぁ」と言っておいた。
ステータス変化:名前:クリス
よろしければ、励みになりますので評価・ブックマークでの応援をお願いします。
下の☆☆☆☆☆での評価が継続の力となります。
カクヨムで先行連載していますので、よろしければそちらの応援もお願いします。




