ならいっくよー! 羽咲せんぱいっ!
ユキナさんっ……! うう、ありがとうですわっ!
「おはようですわー」
「おはよっ! 羽咲先輩! マクナくん!」
朝、汐留駅に再集合したお嬢様一行。
「ねえ、今日はどこ行くのっ?」
ユキナがなぜか俺を見つめて聞く。
「いや、それは…… 羽咲様、どこ行きますか?」
すると二人は、むう、と口を膨らませ、
「わたくしに聞いてはいけませんわ? 彼氏さん?」
「今は、マクナくんの行きたい場所はどこ? って聞いてるんだよ?」
ユキナは、腰に手を当てて、俺に言った。
「あっ、でも! 羽咲先輩の行く場所、どこも楽しいからねっ! 勘違いしないでね!」
「大丈夫ですわあ、今のは彼女さんとして当然の権利ですわ!」
「…… じゃあ、奈良で」
俺は、なんとなく捻り出した。
京都は先週行ったし、奈良がいいかな、って思っただけ。
「なら⁉︎ いいねえ」
ユキナも賛成してくれた。
で、羽咲先輩は……
「…………」
「先輩? どうしました?」
羽咲様は、カタカタ震えて、俺を見る。
「…… はっ⁉︎ な、なんでもないですわっ! い、いいですわ、奈良行きますわよ!」
どうしたんだ? 先輩があんなに動揺するなんて、奈良じゃ嫌だったか?
まあ、時間もないから行くか。
そう声を掛けて、俺たちは汐留から今の新橋駅へ向かった。
東海道線の車内。
マクナくんは、腕を組んで眠っている。
ユキナは、マクナに寄り添うように、マクナの肩に頭を預けて、すうすう寝息を立てている。
そう、マクナもユキナも知らないのだ。
羽咲は、奈良生まれの、リアルな貴族っ子であると。
羽咲様は、マクナくんが「奈良」と言った時、バレてるのでは? と少し怖くなった。
今まで、両親以外にはほとんど誰にも言わなかった秘密。
大学三年間でも、自分が奈良時代生まれ、とは言わなかった。
わたくしは怖い。バレたら、友達と離れ離れになってしまうかもしれない。
そして何よりも、バレたら自分の身が危うい。
もちろん、わたくしの希少価値を狙う人もいるかもしれないが、怖いのはそっちではない。
自他ともに、わたくしが奈良時代生まれ、と認めてしまったら……
「わたくしは、本来なら生きていないはずの、イレギュラーな存在になってしまいます……」
そう、そうなのですわ…………
わたくしたち、奈良時代の人間は、もういませんわ……。
その事実を突きつけられた出来事があった。
中学のとき、歴史の教科書で見てしまったのだ。
神栖川右大臣の父は、平安京遷都の際、
わたくしの存在を消そうとした、左大臣に、
反逆して……うう……。
分かっていても、涙が出てしまう。
あんなに優しく、真面目なお父さんが、こんな悲しい未来を迎えるなんて……。
わたくしには、耐えられませんわ……
本来なら、わたくしが、お父さんを守れたのに。右大臣として、守れたのに。
わたくしが、現世に消えたばかりに……。
もしかしたら、過去に戻ったら、お父さんに会えるかもしれない。
頑張って脱穀したお米を、美味しく炊いてくれた、お母さんにも会えるかもしれない。
正直、嬉しいけど、つらいですわ……
現世と未来、二つを知るというのは。
「…… 羽咲せんぱい……」
いつの間にか起きてたユキナちゃんが、わたくしに話しかけてくれた。
わたくしの悲しい顔を見られてしまったのだろうか。
すると、ユキナは。
「…… 辛かったね。でも、今までよく頑張ったね、羽咲先輩」
「⁉︎ な、なぜっ⁉︎」
「大丈夫、誰にも言わないから。マクナくんにも」
「そ…… あ、ありがとうですが、でもっ⁉︎」
「大丈夫だよ。大丈夫。先輩は、もっと後輩に甘えていいんです。私だって、先輩と出会って一週間だけど、力になりたいんです」
「……」
「そんな辛い想い、葛藤を、二十二年間も、本当に……」
「……」
「正直、タイムリープが本当かは、まだ信じきれてない。でも、先輩が苦労したのは、見て分かる」
ユキナは、わたくしの頭を優しく撫でて、
「羽咲ちゃん、奈良行こっか。辛かったら行かなくてもいいけど、行けば何かあるかもしれない。だから」
「ならいっくよー!」
東海道線の車内。小さな声で宣言した、ユキナだった。
ああ、あっさりとバレてしまった。
ユキナさんには、先輩でも叶いませんわね。
でも、わたくしは嬉しかった。
ユキナさんと出会えたこと。
ユキナさんと旅行できること。
これは、奈良時代にいてはずっと出来なかったこと。
その点では、タイムリープに感謝しなければなりませんわね。
「そうだね、私も嬉しいよ。千年の時を越えて、私に会いに来てくれたこと」
「⁉︎ だからっ! なんでわたくしの心がバレてますのっ⁉︎」
「聞きたい? 先輩?」
ユキナはニヤっと笑って。
「特技、地の文読みだよっ!」
ああ、後輩には叶いませんわ……。




