鈍行スタート! 汐留〜大垣
ちょっと長いです。途中まででも構いません!
渡された紙には、集合場所と日時が書かれていた。
で、その集合場所というのが……
「なんで汐留駅なんですか?」
ふふーん、とこれから説明しますわ、と得意気になるお嬢様。
なぜか、顔が真っ赤だ。
「もしかして、昔の新橋駅だから、とかではないですよね?」
何だとっ…… と膝をつくお嬢様。
「うう…… そうですよう、何か問題がありましたか⁉︎」
「いや、別にいいんだが…… 新幹線なら東京駅に行くべきでは?」
すると、お嬢様はむすっとした顔でこちらを見つめて……。
「その新幹線ってワード。一週間禁止ですわ」
「えっ……」
何故か怒り出したお嬢様は有無を言わせず、改札へと歩き出した。
何がなんだか全く分からなかったが、新幹線にトラウマでもあるのだろうか……
俺は改札へ突き進むお嬢様を必死に追いかけた。
「モノレールですわー」
汐留からモノレールで二駅。お嬢様一行は新橋駅に到着した。
「あら? 糸静くん、なんで息切れしてらっしゃる?」
「…… あなた様が…… 歩くのが…… 早すぎです……」
まったく、しっかりしなさい! とお嬢様が俺の腕を掴み、引きずってゆく。
「…… 次は東海道線に乗りますわ」
まあそうだよな…… 新橋だし、旅行で山手線や京浜東北線の確率は低いだろう。
「で? 東京駅にでも行くのですか?」
お嬢様はまたむすっとして……
「行きませんわよ。行くのは大阪ですわよ」
「なら東京から新かん…… え、まさか、このまま鈍行で行くとかは言いませんよね……」
「言いますわよ。というか、それ以外に何があるんですか? ほら、言ってみなさい?」
怖い顔をした美少女お嬢様の前に、俺は何も言えなかった。
一番線から熱海行きに乗り込んだ一行は、早速問題に直面した。
「席が…… 空いておりませんわ……」
「空いてませんね」
朝の下り列車であったが、休日なので横浜くらいまでは座れないだろう。席は老若男女により全部埋まっている。
まあ、鈍行希望の神栖川お嬢様ならなんてことは……
「うう、糸静くん、足がきついですわ」
「…………」
え? マジでございますか……? お嬢様。
あなた、普通列車へっちゃらじゃないんですか?
「ぜんぜん、へっちゃらですわ……」
めっちゃきつそうだ。普通列車が混むことを計算出来なかったのだろうか。
そんなこんなで列車は多摩川を渡る。
お嬢様が少し笑顔になった。
「もうすぐ…… 川崎ですわ。座れるに違いないですわっ!」
川崎駅への到着放送が流れ出し、俺にしがみついていた神栖川様が目をキラキラさせる。
そして、列車が止まり、ドアが開く……
「誰も降りなかったですね」
正直、俺も意外だった。川崎で一車両から誰も降りないのは初めてかもしれない。
「うう…… きついよう……」
お嬢様言葉が崩れ始めた神栖川様は、横浜までの十分間、地獄を見た。
その後、電車は大船に着いた。
俺は、大船観音を拝みつつ、しがみついているお嬢様を見る。
「大丈夫か……?」
「だめですわ」
すると、近くの若い女の子が、席を譲ってくれた。
「あの…… もしよければ座りますか?」
「…… ありがとうございますう。このわたくしとしたことが……」
神栖川様は、席につくと幸せそうに微笑んでいる。
「あれ? もしかしてマクナくん?」
そう声を掛けたのは、中学の同級生の諏訪結姫奈だ。
「ああ、お久しぶりです…… スワユキナさん」
「だよねっ! やっぱりマクナくんだ! 相変わらずの陰気っぷりだねっ!」
それはどうもです。
「ありがとうな、俺の先輩が結構キツそうで」
「全然大丈夫だよっ! ノープロブレムッ!」
彼女は中学のクラスメイトだ。
本気でそれだけで、接点は無かったが、持ち前の優しさと明るさで、俺のことも覚えていてくれたようだ。
「というか、マクナ君は彼女さんとお出かけかな? 邪魔してごめんねっ!」
「いや、邪魔なんて、むしろ、救世主だよ……」
俺は席を譲ってくれたことに申し訳なさと感謝を込めて言ったのだが……。
「ダメだよっ! 彼女さんの前で私にそんなこと言ったらっ!」
「いや、彼女とかそういうのではなくて……ただの先輩後輩だよ……」
「あっ! そうだったのっ⁉︎ ごめんねっ、」
「いや、大丈夫だよ。」
周りに人がいるのでヒソヒソと会話をする俺たち。その様子をお嬢様はしかと見ていた。
「先輩には全部聞こえておりますよ…… 後輩さん?」
密かに不機嫌になるお嬢様がそこにはいた。
「またねっ! マクナくん!」
「ああ、またな」
諏訪さんは熱海駅から新幹線に乗るそうだ。いいなあ……
「マクナ……くん……ですわ」
「お嬢様……急にどうしたんですか?」
「なんでもないです、。マクナくん」
いや、明らかに呼び方が変わっているが……
「とにかくっ! 行きますわっ! 次は浜松行きですわよっ!」
「え、あの、熱海で足湯とかは……」
「時間がありませんわよ…… 乗り換え三分ですわ」
「あ、本当ですね」
浜松行きに乗り込み、一息つく。
ふう、 なんとかお嬢様も座れたみたいだし、問題はないだろう。
と、思った矢先、俺の服の袖がクイクイっと引っ張られた。
「あの、その、 そのう、わたくし、御手洗いに……」
なぜ済まさなかったのか……。
この人は以外と子どもっぽいというか。
まあ乗り換え二分だし仕方ないか。
「というか、俺に言わずに行けばいいじゃないですか」
「でも…… せっかくの端っこ席ですわよ?」
「つべこべ言わずにさっさと行きなさって下さい」
「それ敬語なのかしら……」
神栖川さんは隣の車両に向かっていった。
そういえば、「自由研究」をしなければならなかった。ついついお嬢様の横暴に巻き込まれて考えていなかったが、「研究」をしないといけない……。
戻ってきた神栖川様に聞いてみる。
「あの、自由研究のテーマって決まってます?」
ペアワークなのだから合わせなければならないだろう。
「えっ、け、研究?」
まさか忘れてるとまでは思わなかった。
「そうですよ、俺たちがなんで旅行してるのか、思い出してください」
「えっ? デートではなくて?」
「………………」
本当にどうしたのだろうか? なんか、目の前の首席様を見てると、ウチの大学の未来は真っ暗だ。
「違いますよ、大学の課題じゃないですか。学年合同のペアワークの自由研究ですよ。それで神栖川様が旅行を所望したではないですか」
「……そんなの、ただの名目ですわ。大義名分ですわ」
本当にどうしたんですか?
昨日初めて会った最高級の先輩が、俺に告白なんて……
酔っ払ってるのだろうか……。まあ、俺はまだ飲めないが四年生のお嬢様ならそういう可能性もあるだろう。
汐留からずっと頬が紅潮してるし、なんといっても……
「お嬢様、いつ呑んだのですか?」
「今日の朝に決まってますわ」
ほら当たった。朝から呑んでるから、まだこんなに酔ってるんだ。
「すまないですわ……。どうしても呑みたかったのですわ」
「いや、呑むのは別にいいんですが……」
「じゃあ何か別に不満かありまして?」
「いえ、なんでも……」
ただ、お嬢様が頬を紅潮させて、デートなどと言いなさると、少し緊張してしまいます……
と心の中で答えておいた。
仕方がないので、研究テーマは俺が決めることにした。
「じゃあ、テーマは『三保の松原の成り立ち』で構いませんね?」
「ダメですわ…… いえ、三保の松原には行きたいですわ。なんですが、私はもっと遠くに行きたくて?」
「注文が多い……」
すでに十個ほどの提案をしているのに、「近すぎ」やら「徒歩が長い」やら、なかなか了承をもらえない。
「もっとちゃんと考えてくださいな」
リクライニングシートに寝そべるお嬢様を横目に、俺は地図と睨めっこしていた。
ただ、この調子ではいつまで経っても決まらない。お嬢様の好みに合うようなところは……。
「温泉街の観光調査はどうですか?」
「おんせん…… ふふっ、いいですわね」
「もう一度聞きます。観光『調査』はどうですか?」
「ふふっ♪ 温泉源泉間欠泉〜」
もうこれにしてしまえ。お嬢様がご機嫌だし、調査は俺の方でしてしまおう。
なんでこの人が名門大のトップなのだろう……?
さては、何か隠しているのか?
もしかしたらこの一つ一つの俺の行動がもしや調査対象…… なんてことはないよな。
「浴衣かあ…… 久しぶりだなあ」
もしかしたら、普段は旅行なんて出来ないから少し浮かれてるだけかもな……
ひとまず温泉街の観光調査に決まり、お嬢様と話し合った。
議題はどこの温泉街にお邪魔するかだが……。
「出来るだけ遠いところがいいですわ」
「なら、使いますか? あの、白と青の速達列車? 今日中に鹿児島指宿温泉まで行けますよ?」
「むう、それは言わないお約束ですわ」
このように鈍行以外は拗ねてしまうので、要は鈍行の限界ラインの温泉街に行けばいいのだ。
「有馬とかは?」
「ふふっ、正解ですっ! いいですね」
正解? やっぱり、僕が調査対象じゃないか……? 不安になってきた。
まあ、それはさておき、兵庫有馬温泉か……
今静岡で午前九時。ここから七時間だから、十六時ごろには着ける算段か。
なんか、俺も調査とはいえ楽しみになってきた。
「……ねぇ、ちょっとよろしくて?」
「はい、お嬢様。今度は何を起こしました?」
「わたくしがやらかす前提なのですね…… まあ、いいですわ。それより……」
「それより?」
「いつまで敬語なんですの?」
神栖川お嬢様は、寂しそうにこちらを見つめる。
「寂しいですわ…… 距離を置かれているみたいで……」
「……はい、入学したての一年生は、成績優秀な首席様に誰でも距離置きますよ」
「まくなくん…… は置いてはいけませんわ」
「えっ? 今俺のことなんて呼びました?」
「……糸静くん、ですけどそれが何かっ⁉︎」
そうか、聞き間違いか、そういうことにしておこう。
お嬢様が俺のことを名前で呼ぶなんて、フィクションでしかなさそうだ。
「あとそれですわ!」
「……それとは?」
「その、思考シーンでの『お嬢様』ってまさかわたくしのことでいらして?」
「はい、そうですが、なんで聞こえて……」
「それ、やめて下さいまし、ちゃんと名前で考えなさって下さいですわ」
「わかったから……というか、なんで聞こえて……」
「ほら、行きますわよ?」
電車が浜松に着き、俺は電車から引きずり下ろされた。
えーっと、お嬢様がダメなら……
「羽咲でいいですわ、」
「えっ? ハサキって…… 苗字じゃないよね」
「いいから羽咲と呼びなさいですわ異論は認めないですわうるさいですわ」
「…………」
三連発「ですわ」を受けてしまい黙り込む俺だった。
浜松駅から豊橋行きに乗り換えようとしたその時、羽咲に腕を掴まれた。
そしてそのまま飲食店に引きずられる。
「お腹が空きましたですわー」と羽咲は店へまっしぐら。
その後、ラーメンを三杯食べた羽咲お嬢様であった。
「ええと、あなた様はお金持ちでございますよね」
「はい、れっきとした社長令嬢ですわ」
「どうりでその口調なわけですね、なら、庶民に大判振る舞いしてみては如何でしょう?」
「ラーメン代なら払いませんわよ?」
「はいはいわかりましたでございますわ」
「口癖を真似ないでほしいですわ」
ラーメン四杯分きっちりと払い、俺はさっさと乗り場に向かった羽咲の後を追いかけた。
「あら、遅いですわ、もう電車来ましたわよ」
もう次の電車が停まっていた。
「あなた様が早すぎるのです……」
「敬語。やり直しですわ」
「あんたが早いんだよお! 人のペース考えろおっ!」
俺は別に怒っていないし冗談のつもりで言ったのだが、羽咲様は目を潤ませて……
「うう、ごめんなさいですわ…… 謝りますから、お願いですから、嫌いにならないで……」
やばい、泣かせてしまった。
慌てた俺は急いで弁明する。
「いや、別に怒ってないからっ! 大丈夫だからっ!」
「ぐすん…… うわあああああああん!」
まずいな、これでは迷惑になりかねない……
「うっ、うっ……⁉︎」
とりあえず咄嗟に俺は小さな頭を撫でてやった。どうやら静かになったようだ。
「すみません……取り乱して……」
「大丈夫ですよ、電車乗りましょう」
とりあえず、出発時刻が迫る電車に乗り込み、席に座る。良かった、車内はすいている。
ここまでの羽咲様のキャラを整理すると……
①体力が低め
②やや泣き虫
③酔っ払い
なかなかインパクトが強いな……
ただ、俺はこの旅行も悪くないと感じた。
一緒にいて、居心地の悪い相手ではない。
ちょっとお調子者な先輩だけど、根っこは優しくて真面目な子みたいだ。
まあ…… 後輩の俺がどうこう言う話ではないが、どうも三つ上の先輩とは思えないのだ。
この六時間の経験によると。
さて、豊橋に着いたのも束の間、目の前には「新快速」が停まっている。
ぐっすりと眠っていた羽咲様は、すっかり元気を取り戻した……。
「なんか、こどもみたいだな」
「何か言いましたかしら? 『後輩の』マクナくん?」
「なんも言ってないのでお許しを」
この先輩は妙に耳が良いようだ。
「さて、乗りますか」
「あなた、何をしてらっしゃる?」
「いや、電車に乗ろうと」
何を、見ればわかるだろう?
と思ったが、ちょっと嫌な予感がした。
「あなた、まさかシンカイソクに乗ったりしませんわよね?」
「まさか……」
羽咲様はにっこりと笑って、
「さあ、『普通』岐阜行きに乗りますわよ?」
やっぱりな、浜名湖あたりで思ったんだ。まさか新快速はダメなんじゃないかと。
嫌な予想が的中した俺は、うなだれて岐阜行きに乗り込んだ。
ここでふと思った。
「あれ? 有馬まで別行動ってのは?」
「ダメです」
二秒で撃沈されてしまった。
「そんなにわたくしと離れたいのですかっ⁉︎ うう……」
「わかった! わかったからっ! 泣かないで下さいっ!」
「ほんとうに? 勝手にどっか行かないで……」
「行かないから!」
「ふふっ、ありがとうですわ」
満面の笑みを浮かべる羽咲様、良かった。
この笑顔を守らないと、大声で泣き出して迷惑になりかねないからな……。
本当にこの子の親みたいだ……。
のんびりと進む岐阜行きが、ついに名古屋に到着した。
なんだろう…… こう言ったでかい駅に着くと、「普通列車でもでかい駅まで送ってくれる嬉しさ」というか、「ちゃんと日本は線路で繋がってる」とか、思う人はいるのだろうか。わかってくれ。
で、当の鈍行少女はというと、
「なんで降りませんの⁉︎ 名古屋で味噌煮込みうどん食べないのですかっ⁉︎」
と小さく騒いでいた。
「いや、さっき浜松でラーメン三杯食べたろ」
「はっ! そうだった。わたくしは、お腹いっぱいでしたわ!」
普通お腹いっぱいなら食べようという発想は出ないと思うが。
岐阜駅に着くと、羽咲様がとんでもない発言をした。
「鈍行列車おそいですわ……」
「………………」
その発言の衝撃にもはや声が出なかった。
「おーそーい、なのですわ! もっと早く有馬に行って温泉に入りたいですわ!」
「なら、米原から、しんか……」
「今、何とおっしゃろうとしました? 怒らないから言ってごらんなさい」
全く目が笑ってない笑顔でこちらを見る先輩。
「先輩は、『矛盾』という話をご存知ですか?」
「知ってるわよ? 最強の矛と最強の盾の話ですわよね? それがどうしまして?」
「先輩は早く着きたい。でも、しんか、 白と青の速達列車は使いたくない……」
「だから、それと矛盾の何が関係あるのよ?」
本当にトップ成績なのか? それとも俺が矛盾の意味を覚え間違えたのだろうか。
「変なこと言ってないで、大垣行き乗るわよ?」
この子が会社の社長になったら大変そうだなあ……
そんなことを思いつつ、大垣行きに乗り込む。
さて、米原からうまく新快速に乗せないとな。




