第四十三章 緊迫
被災地でGGSはどう使われるか?真価の問われるときです。
空港を通して、現地の警察や軍隊は治安維持で精いっぱいで、すぐには動けないとの連絡があった。
自衛隊員は復旧支援に取り組むために物資の搬出を始めた。
隊員からの詳細報告に、薫はもちろん、関係者は胸を撫でおろした。
現地ではGGSも搬出されていた。
「これが総理の肝いりの支援物質だ。慎重に扱え。」
隊長の指示が飛ぶ。
小分けにされて、パラシュートがつけられた。
「さて、これをどうやって運ぶか?」
そこにようやくアメリカ軍のヘリコプターがやって来た。隊長のジョージ軍曹は日本から来た支援物資の配給を担うように指示されてきたそうだ。
「この包みを、孤立した人たちに届けてほしい。」
そう伝えて、GGSを彼らに託した。
GGSはヘリコプターから白いパラシュートで降下していった。
包みには、メッセージが記載してあった。
『これはGGSという人が光合成をすることができるようになる薬です。
使う事は強制ではありません。選択はあなたに任されます。
Aのパッチを皮膚に当てて約5分押さえると、そこから直径30センチの範囲内が光合成可能になります。
Bのパッチを皮膚に当てると光合成が開始されます。
晴天時で、成人男性の場合パッチ5個分で一日の必要カロリーは生産されます。
見た目の影響はほとんどありませんが、顔への適用はやめてください。
皮膚に炎症や、疾患のある方の使用は医師に相談してください。』
受け取った住民たちは、最初は警戒していた。通信網が分断され、スマホで情報も取得できない。
そんな中、ある地域では、NASAで使用していることを知っている科学好きな少年がいた。宇宙飛行士必携の生命維持システムという響きが皆の行動を促した。最初は恐る恐るはじめたが、やってみれば簡単だし、お腹もすかない。他の地域でも勇気のある人が使い始め、結果は口コミで伝わり使う人が増えていった。
食料が十分に供給されるまで、空腹で食べ物を奪い合うようなパニックにもならずおとなしく待つことができた。かなりの住民の命が救われた。
アメリカ軍から本格的な支援が開始された。役目を終えた先発隊は撤収準備に取り掛かった。
「ありがとう。日本からの支援には心から感謝します。」
見送りに来た陸軍参謀長が言った。
「礼なら決断した日本の総理に言ってください。我々は命令に従っただけです。」
隊長はそう言って帰路に就いた。
一方、日本では薫の独断による自衛隊機派遣が問題になっていた。
「総理の独断で自衛隊機の派遣はもってのほかです。しかも空中給油機まで引き連れていくとは前例にないです。」
国会で野党から追及された。
SNSでも「戦争に参加しやすくするための布石」と揶揄されていた。
外務大臣と防衛大臣は、出発前までにはアメリカからの要請が来ていたこと、空中給油機は今回の場合、帰還不能も想定しての任務でしたから派遣を決めたと答弁した。
攻防は数日の間続いたが、ヴィクセン大統領から日本の自衛隊と、総理大臣、ゆうぐれなあす財団に宛てたビデオメッセージが届き、日米関係の良好化に貢献したことがわかると自然と追及の声は沈静化していった。
閣議では、通産大臣からC3特殊揚陸輸送機の引き合いが各国から来ており、開発元の三枡重工はうれしい悲鳴をあげていると報告があった。荒れた滑走路でも着陸できた特殊揚陸輸送機の潜在性能を世界が認めたようだった。しかも軍事用ではなく、おもに災害派遣用に検討しているようだった。
アメリカでは、震災で人命を救ったGGSの認知が急速に広まり、世論でもGSSの普及拡大を求めるようになってきた。
薫はヴィクセン大統領と電話会談をして、GGSに対し考え直せないか打診した。大統領からはお礼を兼ねて招待したいと申し入れがあり、そこで協議することが決まった。薫たちは再びホワイトハウスを訪ねた。
GGSの効果が思いもよらないことで証明されました。アメリカの態度が変わりました。




