第三十一章 転機
プッシュアップ支援も動き出します。そこに新しい動きが・・・
プッシュアップ支援事業は、予算削減分の仕様見直しはあったが、当初の予定通り半年後に動き出した。年金機構は特殊法人であるため、国家予算を使った改修システムをそのまま提供できない。したがって5年リースという手段をとった。機構側はリース料に見合うだけの効果を出す必要が出る。
立ち上がりは順調にいった。65歳で受給する人は何もしなくても公金振込口座に振り込まれるようになった。年金事務所の窓口の混雑は目に見えて減った。SNSでの評判も良かった。
「相談に時間をかけてもらえるようになり、ありがたい。」
「気がついたら口座に年金が入っていました。うれしいです。」
各事務所では余剰になる人員がだんだん出てくるため、厚生労働省の地方厚生局や出先機関に対し人材派遣を行い、その収益でリース料を賄うようになった。
すべての歯車がうまく回るようになってきた。担当の新井局長も満足顔だった。
「三村大臣、あの時私に助言してくれる方もいて、迷いが吹っ切れました。思い切って申し出てよかったです。」
「そうなんですね。私こそ、ゼロ回答を覚悟していましたから、ありがたかったです。この成果があれば、次期事務次官候補には上がるでしょうね。」
「え、そうですか?」
「十分ですよ。年齢的にも経験年数も満たしていますし、実績は大きいですよ。」
「でも、それは大臣の指示でやっただけですし。」
「現場のとりまとめや下地ならしをかなりやっていただけましたよ。それだけでも大変な仕事です。」
―――本当に事務次官の話が来た。
新井は藤田の言葉を思い出して、震えが来た。
薫が主宰していた勉強会は、今では正式に『民国党・みどりの会』という名で院内会派になっていた。メンバーもいつのまにか衆参合わせて30名になっており、党外5名のオブザーバーを加え不定期ながら活動していた。いろんな環境の議員との意見交換ができる場は薫にとっても非常に大切であった。
やがて、薫が議員になって5年半が過ぎようとしていた。
薫は党のほうから特例一位を内諾してもらっており、当落を心配することはないが、党内のポジションを確保するために票を伸ばそうと、草間は公約の調整をしていた。
「6年間の成果もありますし、やはり政治資金の透明化になりますか?」
「そうですね。次はそれくらいを出さないと世論は納得してくれないでしょう。もちろんプッシュアップ支援の拡充も掲げないといけないですね。」
あとは選挙を待つだけの段階になって、事件は起こった。
8年間安定して運営していた細田内閣だったが、その細田首相のスキャンダルが報じられた。AI業界団体からの特区設定の見返りとして10億円の闇献金があったのではというものだった。もちろん細田首相は否定するが、国会の予算委員会はその件の質問が続き、のらりくらり答弁をかわし続けるため国会は空転したままになった。
事態を収束させようとしない首相の態度に対し、野党は内閣不信任決議を上程した。本来なら与党多数で否決されるはずが、なんと民国党内で細田派に敵対していた宮島派が同調して、衆参両院で不信任決議が可決成立してしまった。
それに対し、細田首相は衆議院の解散を即決したため、いきなり衆参ダブル選挙となった。
藤田はずっとこのタイミングを待っていた。その夜、タブレットにメッセージを入れた。
「薫、衆議院選挙に東京ブロックで出るように切り替えろ。この選挙は民国党には不利だ。最終的には首相辞任に追い込まれる。その時は総裁選に出馬だ。」
え、何を言っているの?私が総裁選に?『総裁』という文字に薫は動揺した。
「勉強会のメンバーを使えば、推薦人は集められないか?足りなければ何とかする。立候補者がどうなるかはわからないが、実績を考慮すると勝算はある。」
それだけ記載してあった。
薫は突然の指示で、納得はいかないが、藤田の言うことだから間違いはないだろうと、翌日事務所のスタッフに鞍替えの意思を伝えた。総裁選の件はまだ秘密だ。
「今から衆議院に変更ですか?何を言っているんですか。間に合いませんよ。」
草間が言うのは無理もない。党自体もまだ知らないことである。
「幹事長には私から話します。準備をお願いします。」
―――誰かの入れ知恵か?そうか、例の闇の指示か?
草間は不審に思ったが、大臣の指示であるためそれに従った。
薫はその足で、党本部に行き幹事長に面会を求めた。
「この忙しいときに何の用だ。」
幹事長の対応は厳しかった。
「次の選挙ですが、衆議院でお願いいたします。」
「え、なんだって、今頃に。」
「今回は衆議院でやってみたいです。比例東京ブロックでお願いします。」
「今さら名簿の組み換えはできんぞ。」
「でも、解散されたばかりだから、これから検討されますよね。」
「誰かからの入れ知恵か?誰だ?」
「いえ、私が決めました。」
薫はまっすぐ幹事長を見たまま即答した。
「ぬぬ・・しかし、一位は保証できんぞ。」
「それは承知しております。」
―――本気のようだな。何を企んでいやがる。しかし、もしかしたら東京ブロックに神風が吹くかもしれん。名簿の記載を増やしておくか。
「よし、わかった。総裁と選対本部長にも言っておくが、総裁はすでに死に体だ。何も言わんだろう。一位は難しいぞ。いいな。」
「よろしくお願いします。」
薫は会派のメンバーにもメールを送った。誰もが薫の行動に驚いた。しかし、ほかのメンバーも自分の選挙で手一杯である。非改選の参議院議員3名から応援しますと回答が来た。
ダブル選挙の公示日が来た。民国党の比例名簿を見て世の中がざわめいた。SNSではいきなり「三村薫」がトレンド入りした。
藤田の指示は「総理大臣」とは。
そのために衆議院への急遽鞍替え。
どうなる選挙戦。




