第十五章 変わる世界
前作「GREAT GREEN AFTER」最終章につながるところです。
世界が動き出します。
FDAの承認が出ると、半年過ぎたころにはEFSAの承認も得られた。これで世界的に供給できる体制は整った。しかし、それで普及するものでもなかった。途上国での普及はかなり進み、飢餓よる死亡も少なくなってきた。市場にはいろいろな抵抗勢力があった。食料や飼料を生産する国や業界からはGGSは脅威としか見られなかった。
その一方で、着色した基材を使って、タトゥーのようにファッション的に使う若者たちが出てきたりもした。
「何のために、苦労して色を消したと思っているんだ。」
木下は憤慨していたが、ミユキはそんな使い方もあるんだと感心していた。
ミユキも。薫も各国を回って講演し、普及をしようとしたが、聴講の割に普及はしない。しかし、寄付はたくさん集まった。富める国から貧しい国への食糧エネルギーの移転が進んだだけに終わっている。
そういう経緯で、2025年に飢餓を原因とする最後の内戦が終結した。人類が飢えで戦うことは二度とない仕組みはできあがった。
普及率30%。多いとも少ないとも言えない。ミユキはいったん積極的な普及活動を取りやめた。抵抗勢力との軋轢を増やしても得にならない。あとは自然に理解が増えるのを待つしかない。
これを機会に、今まで無償許与していたGGSだが、家畜用は原則有償供与、人用は政府からの要請を除き有償供与に切り替えた。有償と言っても原価提供であり、財団の運営は寄付金と補助金で賄っていた。
そんな中、ミユキは、一人執筆活動に励んだ。
昔、所属していたのぞみプロジェクト財団の大河内理事長の言葉を思い出した。
『成果というものは成功したものだけではない。失敗というものは成功しない選択肢を一つつぶしたという成果がある。』
失敗した事例はノートに山ほどある。これをまとめて本にしたい。次の世代で同じような研究をする人たちのアプローチになればいい。
ミユキが執筆している間は、薫は日々の発注や出荷の確認、世界各地の機関からの問い合わせ対応に忙殺されていた。
藤田もまた、厚生労働省の薬事局長の業務をこなしていた。時々件の焼鳥屋で薫と飲むことがひと時の清涼剤となっていた。
そんな中、木下が急逝した。心臓発作であっという間だった。
葬儀の後にミユキは、
「木下さんにはずっと難しいことばかり押し付けちゃって、申し訳なかったな。」
と言った。それに対して末永は、
「彼はずっとやりがいのある仕事を模索していました。そんな彼があなたと出会って、40年近くもこの仕事をしてきました。やりがいのある仕事と出会ったからでしょう。後悔なんかしてないと思いますよ。」
薫は、木下に代わり副理事長に就任した。しかし仕事は変わらない。有償化したもののGGSの普及率は少しずつ伸びているが、わずかなものでしかなかった。
ミユキは相変らず執筆活動をしていた。原稿は一度完成したものの、なかなか納得がいかず、ずっと校正を続けている。
そしてそれから数年たった2033年の秋にビッグニュースが飛び込んできた。
ノーベル賞の受賞だった。それも医学・生理学賞と平和賞のダブル受賞だった。
これには財団のみんなが驚いた。マスコミの取材も多くなった。授賞式までは忙しさが増した。
ストックホルムで、ミユキは理事長を辞任して、薫を理事長に推挙していた。
帰国後の理事会で満場一致で理事長に就任した。
理事長席に座った薫は、
「先生にはもう頼れないし、これからは私がすべて動かさないと・・・」
薫は心を新たにした。
薫は件の焼鳥屋で藤田と会った。
「理事長就任に乾杯だ。それにしても理事長とはすごいな。」
「そんなことないですよ。順番で回ってきただけ。」
薫は謙遜して言ったが、藤田は薫のおでこを指ではじいて、何を言っているんだというようなおどけた表情をしていた。
「藤田さんこそ、事務次官の候補になっていると聞きましたよ。」
薫が言うと藤田は手を振って否定のしぐさをしながら言った。
「その話なら断ったよ。もうこれ以上のポジションは勘弁してほしい。」
「藤田さんらしい。」
木下、ミユキと去り、薫が財団の理事長になりました。
ここからは、前作より後の薫だけの物語になります。




