第十二章 技術の勝利
木下が持ってきたものは解決策か?
ドーピング薬物指定はどうなってしまうのか
三日後に、木下は外出し、五日後にある装置を持って帰ってきた。
「藤沢医療器という小さな会社が出しているハンディ血液測定器だ。正確には汗腺から間質液を微量に吸い取り分析する。今は一般的な血液検査しかできないが原理的には使える。改造には赤外線センサとソフトを開発が必要だ。」
木下は実際に吸着パッドを財団の検出器で分析して見せた。たしかにマーカー剤の有無は確認できる。
「装置化するには資金が必要だ。理事長そこは頼む。」
木下の頼みに、ミユキは答えるしかなかった。
「半年でできそうですか?」
「ギリギリ何とか。」
半年後、できあがったばかりの試作品のハンディ検出器と、財団内でなんとか検証が済んだ30日で分解するマーカー剤入りの抑制酵素を納入できた。
あとは、WADAの判断待ちだ。
3か月後に、WADAから通知が来た。予定通りにGGSは禁止薬物に指定することになった。
しかし、注釈が付き、WADAが指定するロットナンバーの抑制剤(薬品名ゆうぐれかっとSP)を競技1週間前までに投与した場合は不問とする。競技前、競技中は他の禁止薬物検査と同様に抑制剤の有効判定を受けることが義務付けられる。競技期間以外の活性化は不問とする内容だった。
事実上の容認だった。なんとか間に合った。
薫は、WADAとの間で、アスリート用抑制酵素を生産供給する仕事とハンディ検出器の生産供給の仕事が増え、それらを間違いなく管理するためのシステム開発と大忙しだった。
2020年になると全世界を新型コロナウイルスが襲った。すべての企業活動が停止した。ゆうぐれなあす財団も同じだった。GGSの生産も供給も止まってしまった。ミユキも、末永も、薫も財団に出入りもできず、リモート会議で状況確認をするだけだった。
藤田はさらに過酷な状況だった。国会招致、ワクチンや治療薬の特例承認、ワクチン手配、国内流通ルートの確認など薬事局長としてまさに不眠不休で取り組んでいた。薫と会うことができないどころか、一瞬たりとも考える余裕さえない状況だった。
2022年になり、ようやく終息の兆しが見え始めたとき、薫は藤田を誘った。
件の焼鳥屋である。
「藤田さん。お疲れさまでした。」
ふたりで乾杯をした。
「もう本当に死にそうだった。10Kg痩せた。」
ようやく顔に血の気が戻ってきた藤田は、かみしめて言った。
「最悪のタイミングで医薬局長だったぞ。」
「良く倒れませんでしたね。心配していました。」
「まあ、体だけは丈夫だからな。」
「ところでだが、」
藤田が話を変えた。
「まだ非公式のデータだし、検証も済んでいない話だが、海外の新型コロナで重症化した患者の生還率がGGSを適用していると上がっているという報告が来ている。おそらくある程度の栄養補給が体内で継続されるからではないかな。」
「本当ですか?」
「まだ、確認はできていない。事実ならFDAを動かせるデータになる可能性もある。」
「そうなるといいですね。FDAはなかなか手ごわいです。依然として認可の兆しはないです。」
この情報は、やがて検証されFDAに報告されるが、すでにパンデミックの終わった状況下では、海外のデータを鵜吞みにできないと、ドライな対応だった。
ドーピングが解決したら、パンデミックと障害が続きました。
藤田も大変だったことでしょう。しかし、なかなか役に立つようなデータも出てきたようです。




