29・弥栄!
出して、私をここから出して! とあなたは叫ぶ。
あなたの記憶が戻ったのは、一郎に血を吸われた瞬間だった。
慌てて右下の奥歯を噛み締めて発信装置を起動したけれど、仲間の助けが来たのはあなたが吸血鬼に変化した後だった。
不老不死を研究するマッドサイエンティストのあなたの愉快な仲間達とその怪しげな組織は、吸血鬼を前にして我慢をするような人間ではない。あなたを含め、倫理観が欠如している人間揃いなのだ。だってMadだし。
一郎が逃げようとして、陽光で灰と化したことも残念なポイントだった。
移動途中の森の中だったので、灰は風に飛ばされてしまった。頭頂から灰になっていった彼は露出した脳をシジュウカラに食われていたが、小鳥達も森の中に飛び去って行った。
灰や小鳥を集めても復活に必要な量には足りない。
おかげで吸血鬼はあなたひとりになってしまった。
以前はもう少しいたのだが、一郎の以前のアジトを退魔師協会が襲撃したときに退治されてしまった。
彼らでなくあなたの仲間のほうが先んじていたら、今ごろたくさんの研究材料が手に入っていたのに。
そんなわけであなたは円筒状の培養槽の中にいた。
組織の持つクローン技術で複製も多く作られたが、ここにいるあなたがオリジナルである。
培養液につけられていなくても、吸血鬼となったあなたには超回復力があり、研究で四肢を失っても元に戻る。培養槽に入れられているのは、眼球と声帯から放たれる吸血鬼の魅了の魔力を封じるためだった。
あなたの声は培養槽の外には届かない。
コンピューターに向かってキーボードを叩いている、あなたの仲間は振り向きもしない。
今日の研究データを入力して、新しい計画を立てることに夢中なのだ。あなたには彼の気持ちがわかる。あなただって吸血鬼になっていなかったら、吸血鬼で研究がしたかった。
そもそも人類の夢である不老不死の研究はあなたの専門だった。
吸血鬼の一郎に攫われたのもあなただ。
発信装置の起動を感知して助けに来てくれたのには感謝しているが、立役者の自分が研究材料でしかないのは気に食わない。
私も研究がしたかったのに! と聞こえない声で叫んで、あなたは培養槽を殴りつけた。
円筒状の強化ガラスに罅が入る。
吸血鬼は怪力なのだ。
「……なんの音だ?」
あなたは仲間に気づかれる前に、自分が外に出られるくらい培養槽を砕いていた。
振り向いた仲間を捕まえ、血を吸って奴隷にする。
あなたは同胞の花婿など必要としていなかった。今の状況では、長年の夢だった不老不死の研究を続けるのも莫迦げている。あなたはもう不老不死なのだから。
――やがて、マッドサイエンティストの知恵を持ち、吸血鬼の怪力と魅了を持ったあなたは夢を失った八つ当たりで暴れて世界を支配し、女王となった。
本来の望みとは違うけれど仕方がない。
右下の奥歯を噛み締めるのが遅かったのだ。
弥栄! 女王陛下に万歳を!
【女王エンド】
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