30・エピローグ
憑依という概念がある。
肉体が、そこにもともと宿る精神とはべつの存在に支配されることだ。
一郎は自分の脳を食らったシジュウカラの一羽に憑依していた。
彼が魔力の強い吸血鬼という存在だったことと、媒体となる脳を食われたことが幸いした。
もっとも一郎は、自分の脳を食べたすべてのシジュウカラに憑依できたわけではない。
魔力が強く、食べた脳の量が多かった一羽にしか宿れなかった。
この世のすべての生き物は魔力――種族によって神力、霊力、妖力とも呼ばれる力を持っているのだけれど、そのシジュウカラの魔力が強いことには理由があった。
類感呪術という言葉がある。
姿が似たものは性質も似通う、という発想である。その発想をもとに、相手の髪や爪を手に入れれば呪いをかけられるという考えが呪術の始まりだ。
あの座敷牢のあった建物の建つ土地は、古くから一郎が所有していた。
魔力の強い吸血鬼である一郎は蝙蝠に変化する。
同じ土地に住む蝙蝠は、類感呪術的な影響を受けて魔力が強くなった。その蝙蝠が冬眠から覚めたところで脳を食べていたのだから、同じ土地に住むシジュウカラも魔力が強くなっていたのである。
空を飛んでいたシジュウカラの中の一郎は、辺りに満ちる魔力が変わったのを感じた。
自分の土地を離れたのである。
自分を害した人間とも距離を置けたということだ。
(絶対に許さない。絶対に絶対に復讐してやる!)
心の中で叫ぶ一郎は、生まれながらのシジュウカラではない。
だから危機管理能力に欠けていた。
そもそも小鳥が群れるのには理由がある。種類の違う小鳥が集まって群れを作るのは、猛禽類の接近をそれぞれの特化した能力を使って察知し、素早く逃げられるようにである。一羽でいたら猛禽類が近づいてきてもわからない。
――そんなわけで、一郎はオオタカに食われた。
そのオオタカは魔力の強いシジュウカラの群れを嫌って、一郎の土地には入ったことがなかった。つまり魔力が弱く、憑依不可能な存在だった。
一郎の精神は消えた。完ぺきに消え失せた。
シジュウカラがたくさんいるところは小鳥遊なのである。
ところで読者諸兄姉は、オオタカは獲物の羽を綺麗に毟ってから食べるということはご存じだろうか?
そのときに毟られた羽が劣化して姿を変えたものが、伝説のケサランパサランかもしれないと言われている。
【エピローグ・ケサランパサラン】
いつか読者諸兄姉のところに、幸運をもたらすというケサランパサランが訪れますように!




