20・眷属
「この犬、飼っても良いですか?」
青年が微笑む。
「あなたのお好きなようにしてください。……申し遅れました、僕は一郎と申します」
「一郎さん……私、私の名前は……?」
あなたが尋ねると、一郎は悲しげに首を横に振って見せた。
「僕がお教えすることはできません。あなたご自身に思い出していただかなくてはいけないことなのです」
それから簡単に座敷牢暮らしのレクチャーをして、一郎は部屋を出て行った。
「私が思い出さなくてはいけない……」
犬を抱き上げたまま、あなたは座敷牢の奥の壁にある窓に近づいた。
内開きの窓で、外には鉄格子が嵌められている。
逃げることはできないが、外を眺めることは可能だ。
葉の落ちた寂しげな木々に囲まれていた。
おそらくここは山の中で、季節は秋の終わりから冬の始まりといったところか。
あなたはなぜか、山の中にある木の数を知っている気がした。
腕の中、両手の上の犬の呼吸音が耳朶を打つ。
あとは風の音だけだ。
建物の外も中も静まり返っている。でもあなたはその静寂と孤独を知っているような気がした。ずっとずっと前から知っていた、そんな気がしたのだ。
しかし、その静寂と孤独は長くは続かなかった。
しばらくして一郎が食事を運んできたからだ。
彼は自分の食事も持って来ていた。鉄格子を挟んで、あなたは一郎となんということもない話をした。犬も彼が用意してくれたドッグフードに舌鼓を打っていた。
お風呂は盥にお湯を入れたのを持って来てくれた。
あなたが身体を洗っている間、一郎は鉄格子の外側に大きな布を張って見ないでいてくれる。
話しかければ応えてくれた。
――そうやって日々を過ごしているうちに、婚礼の日となった。
あなたの記憶は戻っていない。
だけど逃げ出そうという気はなかった。
記憶がないのだから、どこへ逃げて良いのかわからないのもあるし、この座敷牢生活で一郎に好意を持つようになったからでもある。
花婿衣装の一郎が座敷牢の鍵を開けて、中へ入ってくる。
その腕にはあなたの花嫁衣裳があった。
畳まれたそれを座布団の上に下ろし、彼はあなたを見上げた。
あら? とあなたは首を傾げる。
これまで気づいていなかったけれど、一郎の整った顔に見覚えがあったのだ。
この位置関係で気づいたということは、彼が幼いときにでも会ったことがあるのだろうか。あなたと一郎は同年代のように思える。でもだからこそ、幼いときの同年代なら女性のほうが身体が大きいのではないだろうか。
「……どうなさいましたか? 記憶がお戻りになりましたか? それとも……僕との結婚をお厭いでしょうか?」
一郎に問われて、あなたは――
「嫌じゃない!」→21へ
「私達、どこかで会ったことあるかしら?」→22へ




