16・多様性の時代
それは確かに犬だった。
黒いモフモフの犬である。
耳は大きく垂れていて、それを羽ばたかせることで飛ぶことの出来る犬だ。
「犬……?」
なんだか昔漫画で見たことがあるような気がした。
しかし、あの犬は二本足だった記憶がある。
この犬は四つ足で左右前後に移動する。上下移動は耳だが。
「うん。なにもおかしいことはないわね。今は多様性の時代だもの」
そう結論をつけて、あなたは犬を撫で回した。
たっぷり英気を養って、家具を確認する。
小さな箪笥の中の着替えは引き出しのボタンを押すことで色やデザインを変えられた。ちゃぶ台にもボタンがあって、好きな料理を呼び出せる。ただし食べ過ぎないようにか、一度出したら次に出せるようになるまで時間制限があるようだ。
座椅子と布団もボタン付きで、色やデザイン、素材を変えることができた。
座布団は普通だ。
ボタンはないし、ふたつに折ったら癖がついてなかなか元には戻らない。
衝立に囲まれたお手洗いはボタン操作式の水洗だ。
もちろん衝立にもボタンがあって、快適な空間を設定できる。
問題のない生活が送れそうだった。
――あなたと犬の生活は平穏に過ぎて行った。
花嫁とか言っていた割に、一郎達が訪ねてくることもない。
ご飯はちゃぶ台から出るし、お風呂は衝立を操作すれば出現した。
お手洗いに向いていないほうに浴槽が出て、部屋に入って来たものがいても見えないように光の壁で覆われるシステムである。
犬を吸おうとして拒まれて悲しい気持ちになったときは、ちゃぶ台に訴えるとゲームを楽しませてくれる。
あなたは、たったひとつのことを除いては、充実した毎日を送っている。
充実していないたったひとつとは、犬の散歩ができないことだ。
「……まあ、自分で空を飛んでるから運動不足にはならないかな」
呟きながら犬を撫でて、あなたは気づく。
あなたはこの座敷牢から、絶対に逃げ出してやる、と思っていたのだ。
なにを順応して楽しく暮らしているのだろうか。
「逃げようと思えば逃げられるんだよなあ……」
「きゃふ?」
ちゃぶ台からゲームを呼び出す。
これはただのゲームではなかった。
オンラインでほかの人間とつながっているのである。対戦型ではない。協力して目的を果たすタイプのつながりである。
つながりを遡ると、この座敷牢を制御するシステムに辿り着く。
あなたはそれを操作できた。
記憶を失う前はそういった関係の仕事をしていたのかもしれない。
「でも、なあ……」
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