9・花婿
一郎は蜘蛛の魔物、妖怪だ。数百年の刻を生きてきた。
人間を花嫁にしたいと思って、町で見つけた霊力の強い女性を攫った。
監禁している座敷牢は、一郎が人間に化けて稼いだ金で購入した山中の屋敷の中にある。
攫うときに妖力を当てて気絶させたことで花嫁は記憶喪失になってしまったが、感情が薄くなっているせいか怯えて泣き叫んだり暴れて自傷行為をしたりしなかったので、却って良かったと思っている。
一郎と会う前に夫や恋人がいても構わないけれど、結ばれた後で懐かしがられては困る。
ただ、花嫁の精神が安定しているわけではなかった。
なぜかいつも箪笥と壁の隙間に腕を差し込んでいる。
記憶喪失で不安なところに不自由な監禁生活で心が壊れてしまったのかもしれない。
でも一郎は気にしていなかった。
人間を花嫁にできるのなら、相手の精神などどうでも良い。
問題になるのは霊力の強さだけだ。
霊力の弱い人間だと、蜘蛛妖怪の一郎と結ばれただけで死んでしまう。
一郎は花嫁と蜜月を楽しみたかったし、たくさんの子どもを産んでもらいたかった。それさえ叶うのなら、相手が狂っていてもかまわないのだ。
今日は待ちに待った婚礼の日だ。
座敷牢のある部屋へ入ると、花嫁は一郎が用意した衣装を身に纏ってくれていた。
一郎の糸で織った布で作った花嫁衣装だ。
花嫁衣装のデザインと縫製は有名なデザイナー工房に依頼した。
インターネットで情報を閲覧、共有するシステムのことをWebという。
Webとは世界規模の蜘蛛の巣を意味する。
一郎は数百年の刻を生きてきた蜘蛛の妖怪だ。
新参者のWebに妖力の糸を絡ませ、株価に影響する重要な情報を集めることなど児戯にも等しい。
そうして稼いだ金で屋敷を買い、花嫁衣裳の制作を依頼したのである。
「とてもよくお似合いですよ。……よくひとりで着替えられましたね。言ってくれればお手伝いしましたよ?」
花嫁の裸体を見るのは初夜の楽しみだ。
その場合は視覚触覚を封じた分体を彼女に差し向けて着替えを手伝わせていた。
数百年の刻を生きてきた蜘蛛妖怪なので、そんなこともできるのである。
「私の分体に手伝ってもらったので大丈夫でした」
「そうですか。……え?」
一郎は花嫁から強い霊力を感じた。
いや、人間の持つ霊力ではない。
妖怪の持つ妖力だ。
「どうしようもなかったら人間を婿にしようかと思っていたのですが、同じ蜘蛛妖怪の一郎さんと巡り合えて良かったですわ」
「……うわあああぁぁぁっ!」
恐怖の叫びを上げていても一郎の整った人形のような顔は崩れない。
綺麗な顔なら良いだろうと、人化の術に手を抜いているからだ。
蜘蛛妖怪なので、人間の感情で変わる表情というものがよくわからないのもあった。
花嫁の袖から無数の糸が伸びて一郎を捕らえる。
一郎は花婿衣装を破り捨てて蜘蛛妖怪の姿に戻った。
そうなればそうなったで、花婿も花嫁衣裳を破り捨てて蜘蛛妖怪の姿に戻る。
「人化のために妖力を分体に預けていたとはいえ、私を記憶喪失にするほどの妖力を当てられる方の花嫁になれるだなんて、光栄ですわ」
「く、来るなっ! 来ないでくれェ。僕は同族との結婚が嫌で人間界に来たんだッ」
「そういう殿方が多いから、私も人間界に来たのですわ」
蜘蛛妖怪は女性のほうが身体が大きい。
花嫁は花婿を包み込んだ。
一度の交わりで花嫁は多くの子どもを産む。花婿はその交わりの際に食われることで子ども達を丈夫にする。夫婦の役割分担である。
★ ★ ★ ★ ★
黒い影の姿で自分の近くにいた分体と合体して本来の姿に戻ったあなたは、記憶を取り戻した上で一郎との結婚を受け入れた。
生まれ育った蜘蛛妖怪の郷を離れた土地で、同族と巡り会うなんて運命だったとしか思えない。
あなたは彼亡き後も、自分達の愛の結晶である子ども達を慈しんで生きていくことだろう。
「もし再婚するとしても、やっぱり同族の殿方が良いですわねえ」
呟きながらあなたは、もう受精しているであろう卵とまだ消化されていないであろう花婿が入った自分のお腹を複数の脚で撫でた。
【巡り会えて……エンド】




