7話【処刑の光】
写真機の閃光が、収まる。
存在を白日のもとに晒す光。
“記録するための光”が――消えた。
音が戻る。
空気が動く。
止まっていた世界が、息を吹き返す。
解き放たれる身体。
――その瞬間。
ダッ!
朔夜は、考えるより早く地面を蹴っていた。
衝動が、身体を引きずる。
だが――押さえ込む。
今は、怒りじゃない。
『子供を助けないと――』
それだけを、繰り返す。
他は、どうでもいい。
必死に、怒りを抑え込む。
ただ、あの子だけは。
ヌチャ。
ヌチャ。
魍魎が前を行く。
緩慢だが、迷いはない。
ただ一点。
獲物だけを追う軌道。
感情を持たない、捕食者。
『今度こそ――』
跳ぶ。
低く。
鋭く。
肉食獣が、獲物に飛びかかるように。
ガシッ――!
両肩を、掴んだ。
ぬめり。
冷たい。
生を感じない温度。
触れた瞬間、皮膚の奥を、何かが這う。
拒絶感。
本能が、悲鳴を上げる。
だが――それでも。
“そこにあるはずのない質量”だけは、確かにあった。
『逃がさない!』
力を込める。
勢いのまま、叩きつける。
バダンッ!
地面に倒れ込む。
衝撃。
土埃が舞う。
視界が白く濁る。
肺に砂が入り、咳が漏れる。
それでも、押さえ込む。
力を緩めない。
全体重を乗せる。
――捕まえた。
確信した。
その、はずだった。
『……え?』
感触が、消える。
一瞬の空白。
遅れて――理解が追いつく。
……何も、ない。
ゆっくりと身体を起こす。
恐る恐る、視線を落とす。
そこにあるのは――
自分の影と、湿った土だけ。
『……何処だ……?』
思考が滑る。
現実が、噛み合わない。
ザッ!
ザッ!
砂を踏みしめる音。
四つん這いのまま、顔を上げる。
「そこを動くなっ!」
頭上から叩きつけられる声。
――光統院。
気づけば、周囲は囲まれていた。
並ぶ銃口。
黒光りする銃身。
無機質な照準が、正確に朔夜を捉えている。
逃げ場はない。
『いつの間に……』
額から、汗が落ちる。
圧が重い。
空気そのものが、押し潰してくる。
それでも――視線だけを先へ送る。
――子供。
隊員に抱き上げられている。
小さな身体は震えたまま。
ぬいぐるみを、強く握りしめている。
泣き止まない声。
「……良かった」
零れる。
状況など関係ない。
心だけが、先にほどけた。
「その姿勢を維持しろ」
低く、抑えられた声。
「決して――他の影に触れるな」
『……影?』
その言葉だけが、異様に重く響く。
まるで。
それ自体が――禁忌であるかのように。
疑問が浮かぶ。
だが、動けない。
逆らえば、撃たれる。
理屈ではない。
身体が理解していた。
動きを止める。
時間が、引き延ばされる。
ドクン。
ドクン。
呼吸音だけが、やけに大きい。
心臓が、内側から叩く。
ブィン。ブィン。
ブィン。ブィン。
鉄塔が、稼働する。
低く唸る音が、空間を満たす。
誰も――何も言わない。
ただ、待つ。
準備が完了する、その瞬間を。
「チャージ完了!」
その一言で――空気が凍りつく。
誰も動かない。
「照射」
シュイィィン――
鉄塔が唸る。
大気が震える。
頂部に、光が集まる。
白が、一点へ収束していく。
魍魎を消した光。
あの、絶対的な光。
それが今――
まっすぐ、こちらを向いていた。
理解した瞬間。
全身の血が、冷え切る。
――自分が、選ばれた。
目を閉じる。
涙が滲む。
歯を、噛み締める。
指が地面に食い込む。
抗えない。
逃げられない。
絶対の断罪。
『助けたかっただけなのに……』
それだけだった。
最初から、最後まで。
――ただ、それだけだったのに。
……でも。
胸の奥で、何かがまだ――脈打っている。
消えていない。
消えようとしない。
ドクン。
ドクン。
それは――拒絶だった。
白を、拒む鼓動。
次の瞬間。
白い光が、世界を塗り潰した。
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