第1章【偽りの日常】6話【処刑の光】
写真機の閃光が収まる。
――記録を取るための光が、消えた。
凍りついていた空気が、一気に動き出す。
その瞬間、朔夜は反射的に地面を蹴っていた。
考えるより早く、身体が前へ出る。
今は怒りを噛み殺す。
胸の奥で暴れ回る衝動を、無理やり押し込める。
『子供を助けないと――』
それだけを繰り返し、自分に言い聞かせながら、朔夜は魍魎の背中を追った。
黒い塊は迷いがない。
ただ一点、子供だけを見据えている。
執拗に。
感情を持たない捕食者の動きで。
『今度こそ――』
朔夜は跳んだ。
肉食獣が獲物へ飛びかかるような、低く鋭い跳躍。
ガシッ――!
ついに魍魎の肩を掴む。
確かな感触。
ぬめりとした冷たい質量。
逃がすまいと、指に力を込める。
そのまま勢いで地面へ叩きつけた。
バダンッ!
衝撃で土埃が舞い上がる。
肺に砂が入り、咳き込みそうになるのを必死で堪えた。
視界が一瞬、白く濁る。
覆い被さるように、全体重をかけて押さえ込む。
――捕まえた。
そう、確信した。
だが次の瞬間。
『……え?』
腕の下から、感触が消えていた。
確かに掴んでいた。
確かに、押し倒したはずだった。
だが、そこにいるはずの魍魎はいない。
あるのは――。
自分の影だけ。
冷たく湿った土の感触だけ。
『何処だ……?』
理解が追いつかない。
思考が空回りする。
混乱したまま体を起こそうと、四つん這いになる。
その時。
ザッ!
砂を踏みしめる、鋭い足音。
「そこを動くなっ!」
頭上から、怒声が叩きつけられた。
ゆっくりと顔を上げる朔夜。
視界に入るのは、光統院の制服。
規則正しく並ぶ銃口。
無機質な照準が、正確に額へ集まっていた。
逃げ場は、どこにもない。
そのまま視線を先へ送る。
――子供。
光統院の隊員に抱き上げられ、無事に保護されている。
小さな身体は震え、ぬいぐるみを強く握りしめたまま、まだ泣き止んではいなかった。
「……良かった」
安堵が、思わず口から零れる。
状況など構わず、心だけが先に緩んでしまった。
「その姿勢を維持しろ」
低く、抑えられた声。
「決して、他の影に触れるな」
威圧ではない。
感情もない。
ただの命令。
――まるで、影そのものが罪であるかのように。
『……影?』
疑問が脳裏をよぎる。
だが、逆らえば撃たれる。
理屈ではなく、本能が理解していた。
朔夜は、動きを止める。
時間が、異様に引き伸ばされる。
自分の呼吸音だけが、やけに大きく聞こえた。
心臓の鼓動が、全身を内側から叩く。
……。
「チャージ完了!」
計器を覗き込んでいた隊員が叫ぶ。
その一言で、朔夜の背筋に冷たいものが走った。
「照射!」
冷徹な号令。
次の瞬間――。
シュイィィン――。
光の鉄塔が唸りを上げる。
大気が震え、白い光が一点へと収束していく。
魍魎の腕を穿った、あの光。
それが今、はっきりと自分に向いていた。
理解した瞬間、全身の血が冷え切る。
――自分が、選ばれたのだと。
『……終わった』
目を閉じる。
視界の裏で、涙が滲んだ。
悔しさで歯を噛み締める。
指が、地面を抉るほど食い込む。
『助けたかっただけなのに……』
朔夜を動かした理由は、最初から最後まで、それだけだった。
白い光が、世界を塗り潰した。
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