7話【罠】
――北側――
南と東で戦闘が始まった頃。
準備を終えた朽木たちが避難を開始する。
ザッ。
ザッ。
曲がりくねる坂道を急ぐ。
先頭を朽木と華。
その後ろに子供たち。
女や老人、負傷者の戦えない者が、列を成す。
誰もが怯えた顔をしていた。
戦えない者が交互に担架を持つ。
担架には、
烏丸。
結月。
一鉄。
最後尾。
腹に包帯を巻いた又兵衛が、直元を背負う。
「すいません」
恐縮する直元。
「良いんだ。人間の足では遅いからな」
又兵衛。
「急ぐのじゃ!」
朽木が叫ぶ。
何事もなく、麓に到着した一行。
担架を運ぶ者たちの息が上がっていた。
やむなく、拓けた場所で短い休息を取る。
その時だった。
カチッ。
小さな音。
朽木が即座に立ち上がる。
嫌な予感。
次の瞬間――
ドォォォォン!!
爆発。
岩と共に吹き飛ばされる数名の怪人。
砕けた石が散弾のように飛び散る。
進路を塞ぐように崩壊。
広がる悲鳴。
混乱する怪人。
立ち上る砂煙。
「きゃあああっ!」
華が頭を抱え屈む。
「伏せるのじゃ――!」
朽木が叫ぶ。
すぐに立ち上がり、逃走を命じようとする。
「逃げ……」
だが、言い終わる前に言葉が止まった。
遅かった。
ザッ。
ザッ。
ザッ。
岩陰から白い隊服が現れる。
光統院。
北側に配置されていた対怪人部隊だった。
吹き飛ばされた怪人を確保する。
「発見」
隊員の一人が端末へ報告する。
「戦闘能力の低い怪人集団を確認」
感情のない声。
まるで荷物を数えるような口調だった。
「排除開始」
銃口が向けられる。
躊躇なく確保した怪人が射殺される。
怪人たちの顔から血の気が引いた。
「まずい……!」
朽木が怒りを噛み締める。
戦える者がいない。
剛鬼も。
朔夜も。
ここにはいない。
絶望が広がった。
その瞬間――
キュイン。
ホバーブーツの音。
ザシュッ!
黒い影が銃を構える隊員の腕を斬り裂く。
ダダダ!!
銃口が跳ね上がり、放たれた弾丸が空へ散った。
鮮血が噴き出す。
「なっ!?」
隊列が乱れる。
岩の上に立っていた。
忍び装束――
朧だった。
『戦えない者まで殺すとは……』
悔しさが滲む目。
「退け」
低い声で威圧する。
隊員たちが動揺する。
「綱様専用のホバーブーツだと!?」
「何だ、あの装束は?」
「頭巾を外せ!」
「お前は誰だ!?」
朧は答えない。
クナイを構える。
「北は罠だ! 上へ戻れ! 行け!」
朽木たちへ言った。
「ここは私が足止めする!」
その声を聞き、一部の隊員がざわめく。
「その声は……もしや!?」
「科学部隊隊長殿……!?」
「朧……」
朽木が目を見開く。
朧は振り返らない。
「早く行け」
静かな声。
「頼光が来る前に……」
それだけだった。
朽木は歯を食いしばる。
「……恩に着る」
怪人たちを連れて走り出した。
華の手を握る。
「行くのじゃ!」
急いで引き返す怪人たち。
だが――
その時。
「きゃっ!」
小さな悲鳴。
美鬼だった。
足元の土が崩れ、美鬼が斜面を滑り落ちた。
その一瞬。
ドバッ――!
拘束ネットが斜面に発射された。
「確保!」
ネットを引き寄せる隊員たち。
ガシッ!!
美鬼の擦り傷まみれの腕が掴まれた。
「いやっ!」
美鬼が叫ぶ。
隊員が無理やりネットから引きずり出す。
「美鬼ちゃん!」
華が上から叫ぶ。
だが間に合わない。
美鬼が集団から切り離される。
「助けて!!」
泣き叫ぶ声。
「角だ! 鬼の怪人を確保!」
隊員が美鬼の小さな一本角を見て叫ぶ。
朧の顔色が変わった。
次の瞬間。
キュイン!!
地面を滑る。
一瞬で距離を詰めた。
ザシュ!
ザシュ!
美鬼を捕まえる隊員の腕を斬る。
「ぎゃあああっ!!」
血飛沫。
朧が美鬼を抱き上げる。
「大丈夫か」
美鬼は震えていた。
涙で顔がぐしゃぐしゃだった。
「う、うん……」
その瞬間――
バンッ!
バンッ!
バンッ!
銃撃。
朧が岩陰へ飛び込む。
「ちっ……!」
数が多い。
多すぎる。
隊員たちが包囲を狭めてくる。
「鬼の怪人は生け捕りです」
通信機越しの声。
冷たい指示。
朧は忍装束を脱ぐと美鬼に着せた。
頭から装束を被る美鬼。
「安心しろ。この装束は耐刃防弾だ」
装束に包まれた美鬼を背負う。
落ちないようにベルトで縛る。
「美鬼は誇り高き剛鬼の子供だろ? 頑張れるな?」
「……うん」
背にしがみつく美鬼。
「……頼光」
クナイを握り直す朧。
飛び交う銃弾の中へ再び飛び出す。
バババババ――
弾幕を掻い潜る朧。
ザシュッ!!
バキッ!!
次々と隊員を倒していく。
だが。
一人倒しても、すぐに二人が穴を埋める。
二人倒しても、その後ろからさらに隊員が現れる。
数が違う。
体力が削られる。
息が荒くなる。
『きりがない……』
それでも戦う朧。
美鬼を背に庇いながら。
殿を務める。
背を隊員に向けないように注意を払う。
そして――
ようやく。
遠くに見えた。
天岩戸――
「見えた……!」
怪人たちが必死に走る。
朽木たちが辿り着く。
その少し後。
血まみれの朧も姿を現した。
肩で息をしている。
服は裂け。
全身が傷だらけだった。
その背には。
美鬼。
装束に守られ無事だった。
「朧さん!」
華が駆け寄る。
朧は美鬼を下ろした。
「……間に合ったな」
掠れた声。
だが。
安堵する暇はなかった。
西から老婆のように変わり果てた雫を支える紡が戻ってきた。
水分を失い、肌は干からびたように皺だらけ、黒髪も艶を失い乱れていた。
その手には村雨丸が握られていた。
「西側は、雫さんが雨で土砂崩れを起こしたり、霧で足止めしてたんだけど……もう限界です」
その時。
東から人影が現れる。
朔夜。
銀八。
そして――
片腕を失った剛鬼。
全員が息を呑んだ。
血だらけ。
満身創痍。
誰の目にも分かった。
負傷した怪人たち。
外はもう地獄だった。
「……籠城じゃ」
朽木が口を開く。
全員隠れ里に入る。
「……金剛力」
剛鬼が、右手と胸を天岩戸に押し当てた。
ゴゴゴ……
岩戸は僅かに震えた。
だが動かない。
「くそっ……!」
片腕を失った剛鬼だけでは足りない。
朔夜や銀八、動ける者も手を貸す。
ゴゴゴゴゴ……
なんとか閉じた天岩戸。
家族を失い泣く者。
苦痛に顔を歪め耐える者。
黙々と負傷者を診る者。
「岩戸は閉じた……」
朽木の疲弊した声。
「だが……どれほど持つかは分からん」
「爆薬……兵器……奴らの技術は脅威じゃ」
怪人たちに不安が広がる。
そして――
頼光たちは確実に天岩戸へ近付いていた。




