6話【童子切】
ドォォォォォン!!
金棒と童子切が激突する。
衝撃波が岩盤を砕き、砂塵を巻き上げた。
目で追うのも至難の速さ。
周囲の隊員たちが思わず足を止める。
近付けない。
近付けば巻き込まれる。
それほどまでに、剛鬼と頼光の戦いは別格だった。
「ははっ!」
頼光が笑う。
「素晴らしいですね――」
童子切を受け止めながら、剛鬼は顔を顰めた。
重い。
異常なほど重い。
増強剤を使った金時より重い。
人間が振るう刀ではない。
金棒を受け止めて、刃毀れ一つ起こさない。
「鬼の怪人……」
頼光の瞳が爛々と輝く。
銀髪が愉しそうに揺れる。
「やはり研究資料通りです」
ズン!!
剛鬼が金棒を振り抜く。
岩盤ごと吹き飛ばす一撃。
頼光は紙一重で回避した。
季武より軽やかな動き。
轟音。
背後の岩壁が粉砕される。
「重さは十分。だが――惜しい」
頼光が笑う。
地面を踏み抜く。
「黙れ!!」
剛鬼が突進した。
金棒が唸る。
スッ。
頼光は跳んだ。
空振る金棒。
次の瞬間。
シュッ。
空中から白い閃光。
「――っ!」
剛鬼が反射的に屈む。
逆立つ髪が舞い散る。
背筋が凍った。
『見えなかった……』
冷や汗が流れる。
速い。
綱とは別種だ。
技術ではない。
純粋な速度。
「避けますか。鬼の怪人は目も良いんですね」
頼光が感心したように言う。
剛鬼は返事をしない。
金棒を構える。
嫌な刀だ。
本能が理解している。
触れれば終わる。
――南側――
朔夜は宙へ指を走らせる。
一線を描く時と同じ動作を、幾度も繰り返した。
「何のつもりだ」
眉を顰める貞光。
警戒しながら、距離を詰める。
構えは崩さない。
「見えない境界を至る所に張った……通過する瞬間に断ってやる!」
朔夜は、ハッタリをかます。
本当は神通力を無駄にはできない。
「……ブラフだろ」
貞光の足が止まる。
先ほど切断された穂先が、脳裏を過る。
「同時かつ、大量に展開できるもんなのか?」
大槍を振り、境界を確かめようとする。
朔夜は答えない。
右指を揃えたまま、左手で木刀を握る。
ダダダダダ。
援護射撃。
「一線」
銃弾が境界を叩いた。
衝撃。
背中の傷が疼く。
「くっ……!」
朔夜が歯を食いしばる。
境界は攻撃を防げる。
だが衝撃は背中の傷に伝わる。
貞光が冷静に観察していた。
「なるほど」
分析される。
「境界そのものは破壊できない。だが、使用者への負担は存在するのか」
朔夜の表情が強張った。
目の前には貞光が大槍を構える。
右手の離れた場所では、隊員が機関銃を構えている。
隊員が照準を覗いた。
ビュシュ――
突然、巻き付く銀糸。
「うぅ―― うぅ――」
隊員が倒れる。
「あとは、そのでかぶつだけだ!」
銀八の周り。
「うぅ―― うぅ――」
蜘蛛の糸で捕縛された隊員たちが転がる。
「まだ戦える仲間は、連絡を受け西へ向かった」
「早く片付けて、わしらも行こう」
「はい!」
踏み込む朔夜。
木刀を振る。
「ちっ!」
大槍を振る貞光。
カンカン。
「素人が――」
木刀を払い退ける。
押し込む貞光。
ドゴ。
ドゴ。
ズバ。
割れた穂が朔夜の額を掠める。
「つっ!」
血が吹き出す。
顔が赤く染まる。
ぐらつく。
ビュシュ――
貞光の腕に絡み付く銀糸。
「ふん!」
銀糸を掴む。
逆に銀八を岩に投げつける。
ドン!
「ぐはっ」
血を吐く銀八。
ビュシュ――
足。
腰。
首。
それでも、貞光に銀糸を飛ばす。
金時の時と同じように、岩や大地に銀糸を繋ぐ。
「鬱陶しぃ――」
強引に大槍を突き出す貞光。
引き摺られる銀八。
『銀糸が絡まり動きが遅い!』
素早く円を描く朔夜。
「一線」
バキン!
大槍が境界に弾かれる。
「今だ!」
銀糸を引っ張る銀八。
体勢を崩し、仰け反る貞光。
同時に跳躍する朔夜。
バゴン!
すかさず、貞光の上がった顎に木刀を打ち込む。
脳が揺れる貞光。
「がはっ」
受け身も取れず、そのまま地面に後頭部を強打。
白目を剥く貞光。
目覚めた貞光。
身体が銀糸で拘束されている。
ギシギシ。
破ろうとする貞光。
「首の周りに境界を張った……」
「銀糸を破れば首が飛ぶぞ!」
朔夜がハッタリをかます。
立ち去る朔夜と銀八。
「くそが――!」
「俺と戦え! この野郎――!!」
遠ざかる二人の背へ、貞光の怒声が響いた。
――東側――
「そろそろ終わりにしましょう」
童子切を鞘に収める頼光。
そのまま、低く構える。
「童子切の切れ味と、私の居合いに、貴方はついてこれますかね」
剛鬼の瞳が細まる。
危険。
本能が叫ぶ。
ダンッ!
頼光が消えた。
速い。
今までより遥かに。
剛鬼が咄嗟に金棒を振る。
だが、間に合わない。
そして、白い閃光。
ズバン――!!
血飛沫。
一拍遅れて。
ドサッ。
地面へ落ちたもの。
それは。
剛鬼の左腕だった。
「ぐあああああああっ!!」
鬼の怪人の絶叫が山へ響く。
隊員たちが息を呑む。
頼光が微笑む。
「国宝級の切れ味」
「刃毀れ一つ起こさない強靭さ」
「やはり童子切は素晴らしい」
ボタボタと血が落ちる。
切断面が瘴気で黒く変色する。
剛鬼が片膝を突く。
視界が揺れる。
瘴気が血管を伝い、増強剤の力を食い潰していく。
「うっ……」
膨れ上がっていた筋肉が萎み、金剛夜叉明王が解けてしまった。
だが。
倒れない。
鬼の怪人は立つ。
里を守るために。
「……舐めるな」
残った右腕で金棒を握る。
頼光が目を細めた。
「増強剤の効力を失った状態で、まだ立ちますか?」
「良いでしょう」
再び童子切を鞘に収める。
低く構える。
その時。
遠方から声。
「剛鬼さん!!」
朔夜だった。
血まみれのまま駆けてくる。
銀八も後に続く。
「南は終わりました! でも……」
戦況は最悪だった。
綱隊が西から迫る。
頼光隊には押されている。
ギュギュ。
銀八が剛鬼の腕に銀糸を縛りつける。
止血。
「撤退だ!」
剛鬼の声が響く。
「上で立て直す!」
怪人たちが後退を始める。
剛鬼は落ちた腕を見る。
頼光も見る。
その瞬間。
ビュシュ――
銀糸が腕を絡め捕る。
宙を飛ぶ腕。
頼光の眉が僅かに動く。
「ほう」
跳ぶ。
スパッ。
銀糸を容易く切り、腕を回収する。
「兄者の血肉は渡した……」
剛鬼が唸る。
「だが、俺の身体は渡さねぇ」
「必ず奪い返す!」
研究材料にされる。
そんな未来だけは認められなかった。
朔夜が叫ぶ!
「戻りましょう!」
「逃がすな――」
追いかける部隊。
グチャ。
地面に張り巡らされた蜘蛛の巣。
銀糸を踏み動けなくなる。
足止め。
「悪い……もう立てね……」
蜘蛛の糸を張り巡らした銀八。
神通力を使い切る。
「ありがとう銀八さん!」
銀八を背負ったまま殿を務め、銃撃を境界で防ぐ。
そして――
怪人たちは、
迫る光統院を前に、
天岩戸へ向けて撤退を開始した。
「追撃しますか?」
隊員が尋ねる。
「不要です。逃げる場所は分かっていますので」
頼光は、回収した剛鬼の腕を見つめた。
「それに、収穫はありましたから」
「ゆっくり愉しみましょう――虫の羽を捥ぐように」
にやりと笑った。




