5話【包囲】
スモッグに霞む太陽が、ゆっくりと昇りきる。
白く濁った光が、廃鉱山を照らしていた。
乾いた岩肌。
削られた山。
ひび割れた地面。
風すら止まったような、異様な静けさ。
生き物の気配が、ない。
ただ――
掘り返され続けた山だけが、傷口のように剥き出しになっていた。
――東側――
ピピッ。
ピピッ。
端末の通信音だけが、静寂を裂く。
「綱隊、配置完了しました」
「貞光隊、配置完了しました」
「対怪人部隊、配置完了しました」
淡々と届く報告。
感情はない。
あるのは、任務遂行だけ。
作戦手順だけが静かに積み重なっていく。
廃鉱山が、ゆっくりと閉じられていく。
「貞光の報告では、鬼の怪人と天狗の怪人が主戦力です」
頼光が通信機越しに情報を共有する。
「それと、密偵からは境界の怪人を最優先警戒対象にせよとの連絡も入っています」
「その後、彼の消息は不明ですがね」
素っ気ない声。
――西側――
綱は新しく追加された怪人情報を確認した。
【境界の怪人――朔夜】
【不可視の完全防御】
【詳細不明】
「神通力を使えなかった、あの小僧か……」
綱が呟く。
初めて遭遇した時の朔夜。
青い目の怪人。
処刑されるだけの青年。
脳裏に蘇る。
――東側――
「では――侵攻を開始しましょう」
頼光が静かに告げた。
「それと」
一拍。
「鬼の怪人は、必ず生け捕りにしろとのことです」
わずかに口角が上がる。
「研究材料として、非常に貴重らしいですから」
誰も返事をしない。
だが――
誰も否定もしない。
それが、この組織だった。
東に頼光隊。
西に綱隊。
南に貞光隊。
三方向から山頂へ向けて登り始める。
ザッ。
ザッ。
統率された足音だけが、乾いた山へ響く。
そして――
北側の対怪人部隊だけは動かなかった。
岩陰へ潜む。
身を伏せる。
息を殺す。
誰一人として理由を尋ねない。
それが何を意味するのか。
全員が理解していた。
包囲網は、すでに完成していた。
逃がさないための陣形。
奪わせないためではない。
――排除するための形。
――東側――
開けた岩場。
そこには、まだ戦闘の跡が残っていた。
前回の土砂崩れで資源部隊ごと飲み込まれた場所。
潰れた重機の残骸が岩の隙間から覗いている。
その中に、まだ新しい血痕。
赤黒い大地に肉塊が転がる。
まるで――
山そのものが"近づくな"と警告しているようだった。
「通信が途切れたと思ったら、こんなところで死んでましたか……」
冷めた声の頼光。
肉塊から光統院の紋章を拾う。
ハンカチで血を丁寧に拭き取る。
ゆっくりと山頂を見上げた。
「さて……」
綺麗になった紋章をポケットへ仕舞う。
「怪人狩りの時間です」
笑っていた。
だが――
その目だけは、虫を解体する前の子供のように冷たく濁っていた。
――天岩戸――
「金剛力」
ギギギギ……
重い岩戸が開く。
最初に姿を現したのは剛鬼だった。
続いて朔夜。
松葉杖の雫。
弓矢を持つ紡と華。
額に包帯を巻く銀八。
そして、隠れ里の怪人たち。
多くの者が立ち上がってくれた。
「私は……行く」
朧が輪から外れる。
誰も引き留めない。
引き留められる関係では、もうなかった。
朧は怪人たちへ頭を下げる。
「……世話になった」
そして背を向けた。
「二度と来るな」
剛鬼が吐き捨てる。
「……分かっている」
朧は振り返らない。
「次に会う時、お前が敵なら……その時は俺が叩き潰す」
剛鬼が、朧の背中に浴びせる。
「……ああ」
朧はそれだけ答えた。
ホバーブーツを起動させると、
キュイン――
崖を滑空して消えた。
寂しげな顔の雫。
「ちっ…… 嫌な空気だな」
気持ちを切り替えるように、剛鬼が周囲を見回す。
風がない。
鳥も鳴かない。
静かすぎた。
「何かいる……?」
華が不安そうに呟く。
ドビュー!
強烈な風切り音。
「一線」
朔夜が咄嗟に前へ出る。
シュン。
ドガン!
展開された境界に砲弾が当たる。
爆発。
黒煙が辺りを包む。
衝撃が朔夜の背中の傷に伝播する。
「南に敵襲!」
爆煙から飛び出す銀八。
怪人たちを率いて崖を下る。
朔夜もその後を追う。
「銀八さん!」
「朔夜!」
「南は任せたぞ!」
剛鬼が叫ぶ。
東からも爆音。
西の岩陰にも白い隊服が見えた。
怪人たちの間に動揺が走る。
「敵影が東西にも見えたぞ!」
剛鬼に報告が入る。
「多勢に無勢。里には動けない一鉄さんたちが居るわ」
心配する雫。
「ちっ…… 俺たちは東を抑えに行く」
考える剛鬼。
「雫と紡たちは西を警戒しつつ、天岩戸を守ってくれ」
「無理に攻めなくて良い。東か南が片付いたら俺たちが西を攻める」
「分かった。でも私はまだ本調子じゃないわ……」
雫が松葉杖を握る。
「時間を稼ぐくらいしか出来ないかもしれない」
「それで十分だ」
剛鬼が頷いた。
「里長と華は、戦えない者を避難させてください」
そう言うと、仲間と共に東の崖を下りる。
「聞いたか! ここは戦場となるゆえ、北へ避難する!」
「子供たちを集め、烏丸たち負傷者を担架に乗せるのじゃ!」
朽木が指示を出す。
女や老いた怪人たちと、急いで隠れ里に戻る。
避難先は、山頂から北へ続く唯一の下山路。
「紡さん。無理しないでくださいね」
華が声を掛ける。
「はい。華さんも」
紡も返す。
互いに頷く。
別れる。
――南側――
「一線!」
朔夜の両目が青く輝く。
飛んでくる砲弾。
「砲弾は僕が防ぎます!」
「皆さんは、そのまま押してください!」
怪人たちの先頭に出る朔夜。
朔夜は止まらない。
右手を振る。
一線で、飛んでくる砲弾をひたすら防ぐ。
爆煙。
爆風。
列をなし一気に駆け下りる。
ビュシュ!
銀色の蜘蛛の糸。
銀八が砲弾を絡め捕る。
ブンッ!
一回転振り回すと、貞光の部隊に投げ返した。
ドゴン!
爆発。
弾け飛ぶ隊員たち。
距離が詰まる。
怪人が、残った隊員に飛び掛かる。
乱闘。
朔夜の前。
貞光が目を細めた。
ドシュッ!
空気を割き、繰り出される大槍。
「一線」
円を描くように指を走らせる。
青い境界が輪から面へと閉じていく。
だが、貞光の大槍は砲弾より速かった。
境界が閉じる前に円を通過する。
「なっ!!」
焦る朔夜。
穂先が朔夜の鼻先に触れる直前。
バキン――!
境界が閉じる。
大槍の穂が断たれた。
「マジか!」
驚く貞光。
宙を舞う穂先。
『断った……!?』
朔夜自身が、一番驚いていた。
『でも、今のは偶然』
『境界を閉じる早さは変えられないし……』
『動くものをタイミング良く挟むのは難しい――』
思考を巡らす。
ドゴ!
大槍の柄が朔夜の横腹を叩いた。
吹き飛ぶ朔夜。
岩に激突。
「止まってんじゃねぇよ!」
即座に思考を切り替える貞光。
構える。
立ち上がる朔夜。
「くそっ!」
口元の血を拭く。
――東側――
「目標の怪人が向かって来ました」
隊員が報告する。
頼光が微笑んだ。
「大当たりですね」
その視線の先。
金棒を肩へ担ぐ剛鬼。
「いくぞ!」
叫ぶ怪人たち。
各々の神通力を使う。
「戦闘開始」
静かに指示を出す頼光。
ザザッ!
部隊が動く。
戦闘の中央。
剛鬼と頼光。
両者が向き合う。
風が止まる。
空気が張り詰める。
頼光がゆっくりと腰へ手を添えた。
「童子切安綱――酒呑童子の首を斬った、古の刀です」
ギィ……
刀身が鞘から現れる。
漏れ出る瘴気。
白い光。
不気味なまでに美しい刃。
剛鬼の表情が変わった。
『鬼の祖を斬っただと……』
本能が警鐘を鳴らしている。
危険だ。
あれだけは危険だ。
「来いよ」
剛鬼が唸る。
『西もある……短期決戦だ! 兄者!』
増強剤を腹に刺す。
「金剛夜叉明王」
頼光が微笑む。
「良いですね」
次の瞬間。
二人が消えた。
ドォォォォン!!!
山全体が揺れた。
金棒と童子切が激突する。
衝撃波で岩盤が砕け散る。
怪人も。
隊員も。
誰も近寄れない。
それはもはや戦いではなく。
怪物同士の衝突だった。
そして――
頼光の口元が僅かに歪む。
「実に面白い」
童子切が白く輝く。
剛鬼の背筋を冷たいものが走った。
嫌な予感。
本能が叫んでいる。
逃げろ、と。
だが。
剛鬼は逃げない。
金棒を握り直す。
「来やがれ」
逆立つ髪。
憤怒の形相。
鬼の怪人は。
里を守るために立っていた。




