4話【鬼の怪人】
――隠れ里――
報告を聞く朽木たち。
「自爆は不可抗力だよ」
紡は、気を落とす朔夜を慰める。
「境界を檻に使うなんて成長したわね」
雫が朔夜を褒める。
「……ありがとう」
少し元気を取り戻した朔夜。
「一人と言うことは、偵察か…… 隠れ里を探しに来たのか……?」
思考を巡らす朽木。
長い白髭を撫でる。
「また……戦闘ですか?」
「諦めの悪い人間め!」
事態を聞き付け、里の皆が集まってきた。
不安が辺りを包む。
「剛鬼さん…… 私と取り引きしてくれないか?」
低く重い、朧の声。
誰も、すぐには意味を理解できなかった。
「取り引き!?」
怪訝な表情の剛鬼。
「いきなり何を言ってるんですか? ちゃんと説明してください!」
朔夜が朧を咎める。
「私は……もう怪人を傷付けたくない。 だが、あの子供たちを見捨てることもできないんだ……」
苦しい胸の内を吐露する朧。
それでも、意を決する。
ドサッ。
朧が、地面へ額を擦りつけた。
土下座。
その場の空気が凍りつく。
「鬼の怪人の血肉で……救える命がある……」
掠れた声。
忍び装束の肩が、小さく震えている。
「……また始めるつもりか……? 昔と同じことを……」
朧を戒める朽木。
「難病を抱える子供が大勢いるんだ……頼む」
額を押し付けたまま、懇願する朧。
「その代わり……手に入れた秘薬を渡す。
負傷した怪人も治療する」
「それに……近い内に、光統院が本腰を入れて攻めてくる。その時は、私が手助けしよう」
恥を捨て、続ける朧。
「科学が進歩すれば、怪人が犠牲にならない方法が見つかる! いや、必ず見つける! だから……今は……頼む」
「ふざけるな!! 恩人だと思って、黙って聞いてたが…… 俺に身体を売れと言うのか!?」
剛鬼の怒声が反響する。
空気が震えた。
「そんなこと……頼めるわけないですよ! 命を救うために、別の命を差し出せなんて……」
朔夜も憤慨する。
「皆!落ち着いて! 朧さんにも事情がある筈よ」
雫が、命の恩人の朧を庇う。
「狂ったことを言っているのは……十分承知している…… 指一本。いや、肉の一削ぎでもいいんだ!」
引けない朧。
真摯に懇願する。
剛鬼の額に血管が浮き上がる。
握った指が、ミシリと軋む。
「兄者を奪っておいて……!」
一歩、踏み出す。
「まだ、そんなことが言えるか!!」
洞窟内を圧迫する怒り。
怪人たちも、険しい目で朧を睨む。
誰一人許してはいなかった。
その時――
「わ……私じゃ駄目……?」
小さな声。
皆の視線が向く。
前頭に小さな一本角。
幼い鬼の怪人――美鬼。
震える手を、ぎゅっと握っていた。
怖いはずなのに。
それでも前へ出る。
「お父ちゃんみたいに……お里を守れるなら……」
深く考えてなど、いない。
ただ――
皆を守りたかった。
里を守りたかった。
それだけだった。
「駄目よ!」
紡が、咄嗟に美鬼の腕を掴む。
「そんなこと、言っちゃ駄目……!」
抱き寄せるように引き戻す。
「美鬼!!」
剛鬼が怒鳴る。
「何を言っているのか、分かっているのか!!」
ビクリと肩を震わせる美鬼。
だが、それでも俯いたまま言う。
「だって……お里を守るのが、鬼の怪人の役目だって…… お父ちゃん……」
声が震える。
涙が溢れる。
美鬼は自分が何を差し出そうとしているのか――
本当には理解していなかった。
重い沈黙。
「こんな子供まで追い詰めるなんて……」
「俺たちは、人間の道具じゃない!」
囲む怪人たちの表情が、さらに険しくなる。
朧を非難する。
「駄目だ!君は関係ない!そもそも子供に頼む話じゃないんだ」
朧は、美鬼の申し出を受け入れない。
「それに……君は、神通力が使えるのか?」
朧が、美鬼に顔を向ける。
美鬼は小さく首を横に振る。
朧は一瞬だけ目を伏せる。
そして――
静かに事実だけを告げた。
「研究で分かったことは、怪人の血肉は……神通力によって怪異側に変質する。鬼の怪人でも……神通力を使える個体だけが、増強剤として利用できる…… その増強剤から新薬が生成できるんだ」
空気が止まる。
「つまり……」
剛鬼の声が、低く沈む。
「神通力を使えない怪人の子供を……殺して……それを調べたってことだろうが!!」
怪人たちの視線が突き刺さる。
朧は否定しなかった。
否定できなかった。
「……っ」
紡が美鬼を抱き寄せる。
華も不安そうに朽木の袖を掴んだ。
「あの子たちは……本当に歩けるようになったんだ」
「何年も車椅子だった子供が……自分の足で……」
声が震える朧。
「これで……諦めろ」
剛鬼が低く吐き捨てる。
怒りを押し殺した声。
腰巾着へ手を入れる。
取り出したのは――
勇鬼の血肉から生成した、六本の増強剤。
ガシャッ。
朧の目の前に静かに置く。
「それで、もう来るな」
朧は黙ったままそれを受け取る。
「……悪かった」
秘薬を差し出す。
「私が手に入れる事のできる、最後の三本だ……」
受け取る剛鬼。
「これを結月に使え」
紡に秘薬を一本渡す。
そして、残り二本を朽木に。
その時――
ピコン。
端末の通知音が鳴る。
朧の表情が強張る。
画面に表示された文字。
【対怪人部隊進軍開始】
その瞬間。
朧の顔から血の気が引いた。
「まずい…… もう、頼光が来る」
掠れた声で立ち上がる朧。
空気が凍り付く。
怪人たちの表情が変わった。
知っている。
頼光――怪人を捕まえる"銀髪の悪魔"。
その名だけで十分だった。
剛鬼が静かに立ち上がる。
「お父ちゃん……」
美鬼の震える声。
剛鬼は振り返らない。
ただ、低く言った。
「鬼の怪人はな」
洞窟内が静まる。
「里を守るために居る」
その言葉に、美鬼が目を見開く。
「だがな」
剛鬼が続ける。
「子供が死ぬために居るんじゃない!」
拳を握る。
「守るのは俺たち大人の役目だ!」
金棒を肩に担ぐ。
「お前は子供らしく自由に生きろ…… それが……父ちゃんの願いだ」
涙を流す美鬼。
紡が、美鬼の肩を抱く。
剛鬼は、天岩戸を見る。
その先に迫る敵を。
「来るなら来い」
誇り高き、鬼の怪人の声だった。




