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白夜の都 ~処刑の光でも死ななかった怪人は、世界の境界を書き換える~  作者: もろ
第7章【光の逆襲】

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3話【密偵】

「巡回に行ってくる」


早朝稽古を終えた剛鬼が立ち上がる。


大きな背に金棒を担ぐ。


鼻を覆う包帯。


折れた右の角。


戦闘の傷が残る顔で、天岩戸に向かい歩き出した。




「本来、巡回は烏丸と二人で行っておったのじゃが……」


見送る朽木が言い淀む。


意識の戻らない烏丸を想い、皆が沈黙する。


「僕が巡回に行きます」


朔夜が木刀を腰に携え、剛鬼の背を追いかけた。




――外――




剛鬼の後を追い、朔夜は洞窟の外へ出た。


「金剛力」


神通力で増強した筋肉。


その腕力で、天岩戸をしっかり閉じる剛鬼。


廃鉱山の風が頬を撫でる。


スモッグのかかる空。


霞む太陽。


見下ろせば荒野。


巡回と言っても、 目的は警戒だけではない。


天岩戸周辺に残された足跡や痕跡。


人間の侵入。


それらを確かめるためだった。




「剛鬼さん」


歩きながら朔夜が口を開く。


「鬼の怪人は……里を守る存在なんですか?」


剛鬼は少しだけ眉を動かした。


「そう教えられて育った」


短い返答。


「親父も祖父も...…兄者も…… 力がある者が守る。それだけだ」


それ以上は語らない。


剛鬼の脳裏に浮かぶ勇鬼。


腰巾着に、そっと触れる。


だが、 その声には誇りが滲んでいた。




「妻は病気で亡くしたが…… 俺には、美鬼と言う娘がいる」


周りを観察しながら話す剛鬼。


「紡から聞きました。紡が心細い時、手を握ってくれた、優しい娘さんですよね」


朔夜が紡から聞いたことを伝える。


娘を褒められ、少し顔が綻ぶ剛鬼。


「娘には自由に生きて欲しい。隠れ里じゃなく、差別の無い広い世界で。その為なら……」


言いかけて、口を噤む剛鬼。


眼光が鋭くなる。


麓で何かが光った気がした。


慎重に岩肌を下る朔夜と剛鬼。




岩肌には乾いた血。


麓には土砂崩れに埋まった採掘機。


前回の戦闘の跡が残る場所に立つ。


横倒しに壊れた、重機のミラーが光を反射していた。


「……気のせいですかね」


朔夜が少しほっとしたように言った。




しかし、


「捕まえて、情報を聞き出すぞ」


剛鬼は、小声で朔夜に伝えると、気付かれないように動いた。




少し離れた場所。


地面に埋まる車両のドアに近づく剛鬼。


朔夜に顎で合図を送る。




指を構え、黙って頷く朔夜。


朔夜の青い目が淡く光る。


「一線」


ドアの上に箱形の境界を張った。


その下面以外の五面の境界を閉じておく。


境界の罠を張る。


以前の自分なら――ただ目の前に壁を作るだけだった。


魍魎との戦い。


光統院との戦い。


剛鬼との鍛錬。


その全てが、朔夜に戦い方を教えていた。


守るだけでは足りない。


相手を追い込み、動きを制し、生け捕る。


境界は檻にもなる。


朔夜は静かに呼吸を整えた。




ドア目掛けて、金棒を振り下ろす剛鬼。


バンッ!


一瞬速くドアが開き、何かが飛び出した。


ベゴンッ!


遅れて、金棒がドアを潰し、土煙が舞う。


ドンッ!


飛び出した何かが、箱形の境界上部に阻まれる。


何かが境界にぶつかり、青白く光った境界。


その瞬間に、下面の境界を閉じた朔夜。


生け捕りに成功した。


『できた……!』


胸の奥で小さく拳を握る。


偶然ではない。


狙って捕らえた。


初めて、自分の力で敵を追い詰めた瞬間だった。




風が土煙を散らす。


境界の中には――光統院の白い隊服。


境界に手を触れ、その存在を確かめる。


それでも、状況が理解できない様子。




生け捕りにされた隊員の前に立つ、朔夜と剛鬼。


「怪人を舐めるなよ!」


剛鬼の低く、噛み締めるような声。


隊員に近づく。


胸ぐらを掴もうと手を伸ばす剛鬼。




「危ない!」


朔夜が叫ぶ。


境界の前で手を止める剛鬼。


その瞬間――


「怪人に捕まるなど恥!」


ボンッ!


隊員が爆ぜた。


境界が血に染まる。


肉片がへばり付く。


「つっ!」


境界が衝撃で波打つ。


背中の傷が鈍く疼いた。


――境界は、朔夜自身と繋がっている。




「自爆するとは…… 境界のお陰で、巻き添えを食わずに済んだ。ありがとよ」


礼を言う剛鬼。


「いえ……」


短く返す朔夜。


境界を解く。


ボトボト。


原型を失くした肉塊が落ちる。


その中に光統院の紋章が混じっていた。


戦いは非情だと分かっていても、目の前で人間が死んだ事に、胸が痛む。




――天岩戸――




朔夜と剛鬼が戻ると、朧が天岩戸の前に立っていた。


「朧さん」


朔夜が声をかける。


「朔夜か。天岩戸を動かせなくて困っていた」


振り向いた朧。




剛鬼が天岩戸の前に立つ。


「金剛力」


神通力を使い天岩戸を動かす。


ズゴゴゴ――


地面を擦り、ゆっくりと開かれる天岩戸。




朧は、筋骨隆々の剛鬼をじっと見詰めた。


鬼の怪人。


神通力。


強靭な肉体。


研究資料に何度も記された、理想的な適性個体。


脳裏に浮かぶのは、医療棟で歩き出した子供だった。


泣きながら抱き合う両親。


救われた命。


だが同時に。


勇鬼。


解体された怪人。


失われた居場所。




『違う……』


朧は拳を握る。


『剛鬼さんは材料じゃない』


『勇鬼さんの時と同じ過ちは、もう繰り返したくない』


そう分かっている。


分かっているのに――


研究者としての自分が囁く。


鬼の怪人の血肉があれば、もっと多くの命を救えると。


朧は、剛鬼の背に何か言いかけて――


ぐっと言葉を飲み込んだ。


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