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白夜の都 ~処刑の光でも死ななかった怪人は、世界の境界を書き換える~  作者: もろ
第7章【光の逆襲】

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2話【生きる場所】

――隠れ里――




廃鉱山の頂付近。


天岩戸で閉ざされた洞窟内。


時代に取り残されたような隠れ里がある。




カン! カカン!


木刀の乾いた音が洞窟内へ響く。


朔夜が踏み込み。


剛鬼が受け払う。


木刀のぶつかる衝撃が、腕へ鈍く返る。




「踏み込みが甘いよ。もっと腰を落として」


縁側へ腰掛けた雫が、朔夜に激を飛ばす。


包帯の巻かれた右足を投げ出しながら、湯呑を口元へ運ぶ。


その隣では、朽木が紡と孫娘の華を指導していた。




「はいっ!」


朔夜が地面を抉るように踏み込む。


ガンッ!!


剛鬼の木刀が容赦なく弾き返した。


痺れる腕。


後ろへよろめく朔夜。


「軽い。力任せに振るな」


低い声。


剛鬼は構えを崩さない。


朔夜は息を整え、木刀を握り直した。




――シュパッ!


風を裂く音。


紡の放った矢が、藁束の中心へ深々と突き刺さる。


「わぁ! お上手です!」


嬉しそうに声を上げる華。


紡と並び、交互に弓を引く。


「朽木さんの指導のお陰です」


照れ臭そうに笑う紡。


「わしも昔は、村を守るために必死じゃったからの」


朽木が長い白髭を撫でながら、目を細める。


懐かしむように。


だが、その眼差しの奥には――

もう戦えぬ身体への、もどかしさも滲んでいた。




「華さん、私と同い年くらいかと思ってました」


汗を拭いながら紡が笑う。


華も、くすりと笑った。


「怪人は人間より、ずっと長生きですから。個人差も凄いんですよ」


ちらりと、朽木を見る。


「お爺ちゃんなんて、千五十七歳ですし」


「えぇっ!?」


紡が目を丸くする。


ゆっくりと朽木を見る。


そして――

固まったまま雫へ視線を向けた。


「じゃあ、雫さんや朔夜の本当の年齢って……」


「女性に年齢を聞くんじゃないの。雨の怪人は、永遠に瑞々しい二十歳よ」


即座に軽口を返す雫。


皆が笑った。


人間も。


怪人も。


関係なく。


ほんのひと時だけ。


失われかけた“日常”が、そこにはあった。




「じゃぁ……私だけ先に、お婆ちゃんになるのか……」


笑い声の中。


紡が小さく呟く。


その声だけが、少し寂しそうだった。


笑い声が止まる。


朔夜は答えられなかった。


その未来を否定する言葉を、持っていなかったから。




本当は――

朔夜も紡も武器など持ちたくなかった。


誰かを傷付けるためではなく。


ただ、守るために。


生きる場所を失わないために。


朔夜は木刀を握り。


紡は弓を引く。




スス――


静かな音。


寝室の障子が、わずかに開いた。


雫と朽木が同時に振り向く。


隙間から指先が見えた。




朽木が立ち上がり障子を開ける。


そこにいたのは――


「はは……生きてました……」


胸に包帯を巻いた直元だった。


畳に手をつきながら、這うように出てくる。


顔色は悪い。


それでも、無理やり笑っていた。




「直元さん……!」


紡が駆け寄る。


「良かった……」


雫の目にも涙が滲んだ。


「いやぁ……死んだと思ったんですけどね…… 三途の川が見えましたから」


頭を掻き、苦笑する直元。


その声だけで――

張り詰めていた空気が、少しだけ軽くなる。


戦えなくても。


皆を安心させる者はいる。


歓喜が、静かに空き家を包み込んだ。




――光統院・科学部隊・研究棟――




白い光が容赦なく差し込む。


影を許さぬ隊長室。


まるで、自分の罪まで暴かれるような空間。




朧は再び白衣へ袖を通す。


胸元の紋章が白光を反射した。


綻びた装束。


ホバーブーツ。


それらをロッカーへ仕舞う。


静かに鍵を掛けた。




目的は――秘薬と内部情報。


何事もなかったように隊長室を出る。


その時。


「隊長――! 探しましたよ!」


部下が、慌てた様子で駆け寄ってきた。


朧は一瞬だけ身構える。




「どこ行ってたんですか? 端末も繋がらないし……」


部下が息を整えながら尋ねた。


「悪かったな」


平静を装う朧。


自然に見えるよう、わずかに肩を竦めた。


「何かあったか?」


探るような問い。


「今月末に公表予定だった、高性能忍装束が消えました」


部下が報告する。




「……」


朧は思わず黙った。


脳裏にはロッカーの中身が浮かぶ。


一瞬だけ空気が止まる。


「他には?」


間を置いて返す朧。


不自然な話題転換。


「えっ……?」


部下が目を瞬かせる。


「えーと……ジェットパックの修理依頼が来てますが……」


「……そうか」


短く返す朧。




ピピッ。

ピピッ。


通信音。


朧は端末を開く。


「隊長――すぐに医療棟へ来てください!」


副隊長の声が届く。




――科学部隊・医療棟――




真っ白な光。


真っ白な壁。


真っ白な床。


消毒液の匂いが漂う。


ガラス越しに車椅子の子供。


医療班長から資料を受け取る朧。




「秘薬と増強剤。どちらも隊長が開発されたものです」


切り出す副隊長。


資料へ目を通しながら、朧は黙って話を聞く。


「私は、隊長を尊敬しています。少しでも追い付きたくて、怪人研究へ心血を注いできました」


熱のこもった医療班長の声。


「秘薬は製造が難しく、非常に高価です。民間には流通できず、光統院でも厳重管理されています」


一呼吸。


「そこで我々は、鬼の血肉から生成した増強剤に目をつけました」


資料を読む朧の視線が、わずかに止まる。


「ご存知の通り、増強剤を使うには、それに耐え得る骨格が必要です。金時は鬼の角を使った骨格改造にて、増強剤を使うことが可能でした。言わば人工怪人です。しかし、軍事から医療転用は困難続きでした。筋肉や血管の異常膨張……破裂……多くの犠牲も出ました」


淡々と語る医療班長。


だが、その声に迷いはない。


「それでも、過度な膨張を抑え、神経系を増強する改良を重ね。筋萎縮性難病の被験者三名に、投与を継続しました」


医療班長が、ガラスの向こうを示す。


「その中の一名が、あの子供です」


白衣の医療班に促され、車椅子の子供が立ち上がる。


一歩。


二歩。


震える足で前へ進む。


「臨床試験は成功しました」


声を震わせる医療班長。


子供が歩く。


泣きながら待つ両親へ向かって。




「他の二名も――順調に回復しています」


ガラスの向こうを眺めながら、補足する副隊長。


抱き合う親子。


涙。


笑顔。


救われた命が、そこにあった。




「難病を克服するために、もっと鬼の血肉が必要なのです。せっかく……研究成果が出始めたと言うのに、既に在庫の血肉が有りません」


唇を噛む医療班長。


「大量生産できれば、民間の病院にも新薬を提供できます」


副隊長が朧へ向き直る。


「私たちは、嘆願書を本部に提出しました。どうか、隊長からも、新たな鬼の怪人の確保を、上層部へ進言してください」


副隊長と医療班長が深く頭を下げる。


医療班長が過去の自分と重なる朧。


「……」


朧は答えない。


黙ったまま、ガラス越しに歩き続ける子供を見る。


その光景は――

確かに美しかった。


だが同時に。


誰かの血で。


誰かの居場所を奪って。


この光は成り立っている。


救われた命。


奪われた命。


どちらも、“本物”だった。


何が正しいのか。


どちらが、自分の生きるべき場所なのか。


光の中で――

朧だけが答えを見失っていた。


そして、その答えを探す時間すら、 もう残されてはいなかった。




そして――

頼光たちは、すでに天岩戸へ向けて動き出していた。


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