2話【生きる場所】
――隠れ里――
廃鉱山の頂付近。
天岩戸で閉ざされた洞窟内。
時代に取り残されたような隠れ里がある。
カン! カカン!
木刀の乾いた音が洞窟内へ響く。
朔夜が踏み込み。
剛鬼が受け払う。
木刀のぶつかる衝撃が、腕へ鈍く返る。
「踏み込みが甘いよ。もっと腰を落として」
縁側へ腰掛けた雫が、朔夜に激を飛ばす。
包帯の巻かれた右足を投げ出しながら、湯呑を口元へ運ぶ。
その隣では、朽木が紡と孫娘の華を指導していた。
「はいっ!」
朔夜が地面を抉るように踏み込む。
ガンッ!!
剛鬼の木刀が容赦なく弾き返した。
痺れる腕。
後ろへよろめく朔夜。
「軽い。力任せに振るな」
低い声。
剛鬼は構えを崩さない。
朔夜は息を整え、木刀を握り直した。
――シュパッ!
風を裂く音。
紡の放った矢が、藁束の中心へ深々と突き刺さる。
「わぁ! お上手です!」
嬉しそうに声を上げる華。
紡と並び、交互に弓を引く。
「朽木さんの指導のお陰です」
照れ臭そうに笑う紡。
「わしも昔は、村を守るために必死じゃったからの」
朽木が長い白髭を撫でながら、目を細める。
懐かしむように。
だが、その眼差しの奥には――
もう戦えぬ身体への、もどかしさも滲んでいた。
「華さん、私と同い年くらいかと思ってました」
汗を拭いながら紡が笑う。
華も、くすりと笑った。
「怪人は人間より、ずっと長生きですから。個人差も凄いんですよ」
ちらりと、朽木を見る。
「お爺ちゃんなんて、千五十七歳ですし」
「えぇっ!?」
紡が目を丸くする。
ゆっくりと朽木を見る。
そして――
固まったまま雫へ視線を向けた。
「じゃあ、雫さんや朔夜の本当の年齢って……」
「女性に年齢を聞くんじゃないの。雨の怪人は、永遠に瑞々しい二十歳よ」
即座に軽口を返す雫。
皆が笑った。
人間も。
怪人も。
関係なく。
ほんのひと時だけ。
失われかけた“日常”が、そこにはあった。
「じゃぁ……私だけ先に、お婆ちゃんになるのか……」
笑い声の中。
紡が小さく呟く。
その声だけが、少し寂しそうだった。
笑い声が止まる。
朔夜は答えられなかった。
その未来を否定する言葉を、持っていなかったから。
本当は――
朔夜も紡も武器など持ちたくなかった。
誰かを傷付けるためではなく。
ただ、守るために。
生きる場所を失わないために。
朔夜は木刀を握り。
紡は弓を引く。
スス――
静かな音。
寝室の障子が、わずかに開いた。
雫と朽木が同時に振り向く。
隙間から指先が見えた。
朽木が立ち上がり障子を開ける。
そこにいたのは――
「はは……生きてました……」
胸に包帯を巻いた直元だった。
畳に手をつきながら、這うように出てくる。
顔色は悪い。
それでも、無理やり笑っていた。
「直元さん……!」
紡が駆け寄る。
「良かった……」
雫の目にも涙が滲んだ。
「いやぁ……死んだと思ったんですけどね…… 三途の川が見えましたから」
頭を掻き、苦笑する直元。
その声だけで――
張り詰めていた空気が、少しだけ軽くなる。
戦えなくても。
皆を安心させる者はいる。
歓喜が、静かに空き家を包み込んだ。
――光統院・科学部隊・研究棟――
白い光が容赦なく差し込む。
影を許さぬ隊長室。
まるで、自分の罪まで暴かれるような空間。
朧は再び白衣へ袖を通す。
胸元の紋章が白光を反射した。
綻びた装束。
ホバーブーツ。
それらをロッカーへ仕舞う。
静かに鍵を掛けた。
目的は――秘薬と内部情報。
何事もなかったように隊長室を出る。
その時。
「隊長――! 探しましたよ!」
部下が、慌てた様子で駆け寄ってきた。
朧は一瞬だけ身構える。
「どこ行ってたんですか? 端末も繋がらないし……」
部下が息を整えながら尋ねた。
「悪かったな」
平静を装う朧。
自然に見えるよう、わずかに肩を竦めた。
「何かあったか?」
探るような問い。
「今月末に公表予定だった、高性能忍装束が消えました」
部下が報告する。
「……」
朧は思わず黙った。
脳裏にはロッカーの中身が浮かぶ。
一瞬だけ空気が止まる。
「他には?」
間を置いて返す朧。
不自然な話題転換。
「えっ……?」
部下が目を瞬かせる。
「えーと……ジェットパックの修理依頼が来てますが……」
「……そうか」
短く返す朧。
ピピッ。
ピピッ。
通信音。
朧は端末を開く。
「隊長――すぐに医療棟へ来てください!」
副隊長の声が届く。
――科学部隊・医療棟――
真っ白な光。
真っ白な壁。
真っ白な床。
消毒液の匂いが漂う。
ガラス越しに車椅子の子供。
医療班長から資料を受け取る朧。
「秘薬と増強剤。どちらも隊長が開発されたものです」
切り出す副隊長。
資料へ目を通しながら、朧は黙って話を聞く。
「私は、隊長を尊敬しています。少しでも追い付きたくて、怪人研究へ心血を注いできました」
熱のこもった医療班長の声。
「秘薬は製造が難しく、非常に高価です。民間には流通できず、光統院でも厳重管理されています」
一呼吸。
「そこで我々は、鬼の血肉から生成した増強剤に目をつけました」
資料を読む朧の視線が、わずかに止まる。
「ご存知の通り、増強剤を使うには、それに耐え得る骨格が必要です。金時は鬼の角を使った骨格改造にて、増強剤を使うことが可能でした。言わば人工怪人です。しかし、軍事から医療転用は困難続きでした。筋肉や血管の異常膨張……破裂……多くの犠牲も出ました」
淡々と語る医療班長。
だが、その声に迷いはない。
「それでも、過度な膨張を抑え、神経系を増強する改良を重ね。筋萎縮性難病の被験者三名に、投与を継続しました」
医療班長が、ガラスの向こうを示す。
「その中の一名が、あの子供です」
白衣の医療班に促され、車椅子の子供が立ち上がる。
一歩。
二歩。
震える足で前へ進む。
「臨床試験は成功しました」
声を震わせる医療班長。
子供が歩く。
泣きながら待つ両親へ向かって。
「他の二名も――順調に回復しています」
ガラスの向こうを眺めながら、補足する副隊長。
抱き合う親子。
涙。
笑顔。
救われた命が、そこにあった。
「難病を克服するために、もっと鬼の血肉が必要なのです。せっかく……研究成果が出始めたと言うのに、既に在庫の血肉が有りません」
唇を噛む医療班長。
「大量生産できれば、民間の病院にも新薬を提供できます」
副隊長が朧へ向き直る。
「私たちは、嘆願書を本部に提出しました。どうか、隊長からも、新たな鬼の怪人の確保を、上層部へ進言してください」
副隊長と医療班長が深く頭を下げる。
医療班長が過去の自分と重なる朧。
「……」
朧は答えない。
黙ったまま、ガラス越しに歩き続ける子供を見る。
その光景は――
確かに美しかった。
だが同時に。
誰かの血で。
誰かの居場所を奪って。
この光は成り立っている。
救われた命。
奪われた命。
どちらも、“本物”だった。
何が正しいのか。
どちらが、自分の生きるべき場所なのか。
光の中で――
朧だけが答えを見失っていた。
そして、その答えを探す時間すら、 もう残されてはいなかった。
そして――
頼光たちは、すでに天岩戸へ向けて動き出していた。




