1話【つくられた英雄】
過去は語られた。
だが、現在の光は待ってはくれない。
――補給所――
人工光に守られた補給所に朝が訪れる。
闇は退き、魍魎は消える。
光がすべてを支配する時間。
だが、その光の下にあるのは――
破壊だった。
砕けた柱。
割れたガラス。
抉れた壁。
昨日の戦闘の痕跡が生々しく残っている。
隊員たちが無言で片付けを続けている。
誰も感情を口にしない。
個ではなく組織として動く。
――光統院・科学部隊・特別調整室――
光に包まれた部屋。
一切の影を許さない白。
無菌の光が、床も壁も、人も――均一に塗り潰している。
それが、この部屋の“正しさ”だった。
消毒液と機械油の匂い。
生と死の境界すら曖昧にするような空間だった。
「各部の機能に異常ありませんでした」
白衣の科学部隊副隊長が、
カルテを見ながら、淡々と告げる。
三名の隊員が、
赫斎の機械の身体に、人工皮膚を貼り付けている。
その手つきには一切の迷いも躊躇もない。
ただ“部品”を整備するように淡々と作業する。
「うむ」
短く応じる赫斎。
定期検査を終え、ゆっくりと上体を起こす。
金属音。
関節が静かに噛み合う。
制服を身に纏うと、胸元の紋章が白光を反射した。
キュイン。
キュイン。
かつて失った左腕を動かす。
精密に、正確に。
誤差はない。
次に、右目の焦点を合わせる。
光に焼かれ、再構成された視界。
直接、脳に届く機械音声。
【色彩検知――問題なし】
【距離計測――問題なし】
【温度感知――問題なし】
【闇探知――問題なし】
脳に埋め込まれた“電脳”が答える。
「先程、帝が総代にお会いしたいと、御連絡ありました」
秘書が報告する。
「天照会議をキャンセルして、今から行く」
即答。
感情の介在しない判断。
何を言われるかは察しがつく。
戦闘の報告は上がっている。
「かしこまりました」
秘書は深く頭を下げる。
電脳にアクセス。
【綱――対怪人部隊・頼光四天王筆頭。現在、資源部隊護衛任務中】
【頼光――対怪人部隊隊長。現在、本部にて天照会議待ち】
【対魍魎部隊――白夜境界線にて、魍魎警備中】
「頼光に対怪人部隊出動を指示。対魍魎部隊の一班を頼光指揮とし、天照計画に同行させよ」
赫斎が指示を出す。
「かしこまりました」
再び頭を下げる秘書。
廊下に並ぶ隊員たちは、赫斎が通るたびに頭敬礼をする。
彼が何を失ったかではなく、何を討ったかだけを信じて。
――帝の城――
贅沢を凝縮した謁見室。
宝飾品、絵画、彫像。
全てが過剰に並び、空間そのものが重く沈んでいる。
白く眩い。
だが、そこにあるのは、
安らぎではなく――圧だった。
「天照鉱石はどうなっておる」
天照鉱石――白夜を維持、拡大するために必要な、希少鉱物。
そして今、天岩戸の地下に眠るもの。
年老いた三十六代帝。
声も枯れている。
だが、その奥にある執着だけは濁っていなかった。
齢八十九。
それでもなお、権力の中心に座る存在。
その隣。
玉藻前。
正室として寄り添う女。
変わらぬ美貌。
時間の影を一切感じさせない顔。
微笑みは柔らかい。
だが――その青い瞳は深すぎた。
瞬きの瞬間だけ。
ほんの一瞬だけ――
狐の目が、そこにあった気がした。
赫斎は、わずかに視線を止める。
――知っている。
そう感じた。
だが。
電脳へアクセス。
記憶照合。
【該当データ――存在しません】
違和感は、そこで消えた。
疑問を持つ必要はない。
そう“処理”された。
「一昨日、採掘を開始したところです」
戦闘があったことは伏せた。
帝を煩わせるだけだ。
「実用化には八年……いや、六年はかかるかと」
静かに報告する赫斎。
「二年で実用化せよ。時間は待ってはくれん」
帝の皺だらけの指が、玉座の肘掛けを苛立たしげに叩く。
空気が凍る。
「どれだけ死のうと構わぬ。資金も好きなだけ使え。最後の英雄、生ける伝説と、称賛されるお主ならできるだろ」
見下すような目で皮肉る帝。
「だが、出来ぬなら――総代を替える」
一拍。
「この意味が分かるな、赫斎」
静かな圧。
逃げ場のない命令。
「……全力を尽くします」
赫斎は頭を下げる。
ほんの一瞬だけ。
ほんの僅かに――
胸の奥で、何かが軋んだ。
【反逆心検出――抑制処理完了】
それは、すぐに消えた。
何かが引っかかった赫斎。
……だが、それも“不要なノイズ”として消去された。
重苦しい空間で、
玉藻前だけが楽しそうに微笑んでいた。
――補給所・応接室――
修復に目処が立った昼過ぎ。
綱と貞光が休息をとっていた。
低い机には和菓子と抹茶が置かれていた。
「季武と金時はどうだ」
電子刀の手入れをしながら綱が問う。
鋭い目で刃を確認する。
「季武は顎が砕けてる。金時は内臓破裂。どっちも復帰に時間がかかるぞ」
巨体をソファーに沈め、寝そべったまま答える貞光。
命の重さを感じさせない口調。
和菓子を摘まむと口に投げ入れた。
「明後日、私と貞光で廃鉱山の制圧を行う」
電子刀を鞘に納める綱。
「了解。久し振りに暴れられるな」
指を舐めながら、貞光が上体を起こす。
――その時。
ノックもなく扉が開いた。
空気が変わる。
「私も参加させてください」
頼光だった。
二人は即座に立ち上がる。
直立不動の姿勢をとる。
それは敬意ではなく、反射だった。
「上から、天照鉱石を急かされましてね」
銀髪の頭を指で掻く頼光。
「友釣り……泳がせて正解でした。怪人が沢山釣れましたからね」
わずかに口角が上がる。
「実に楽しめそうです」
笑っている。
だが――目は笑っていない。
貞光が息を飲む。
「では、これより指揮は頼光様に」
綱が頭を下げる。
「ええ。明朝より参りましょう。既に密偵を廃鉱山に向かわせています」
当然のように答えると、踵を返す頼光。
白い隊服の端が揺れる。
「研究材料として――壊さず捕らえて、実験したいものです」
目に狂気が宿る。
軽い足取りで部屋を出る頼光。
「虫の羽を捥ぐように」
笑い声が廊下に響く。
その背は、まるで遊びに向かう子供のようだった。
「前回は、資源部隊の護衛ついでだから、撤退を余儀なくされた。だが、今度は違ぞ。怪人ども」
頼光が去り、ソファーに寄り掛かりながら、貞光が意気込む。
最強の綱。
最恐の頼光。
そして――対怪人部隊。
怪人討伐を専門とする戦闘部隊。
その全てが、今。
天岩戸へ向けて動き出す。
排除の光が――再び牙を剥く。




