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白夜の都 ~処刑の光でも死ななかった怪人は、世界の境界を書き換える~  作者: もろ
第6.5章【断章2】

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3話【百鬼夜行・後】

「父さま!」


背後から円の声がした。


振り返る焔。


そこに――

着物姿の円が立っていた。


優しく手を振っている。


笑顔で駆け寄ってくる。


だが、

どこか姿がブレて見える焔。




――あり得ない。


分かっていた。


それでも。


焔の身体は反応していた。


"灼熱"を解く。


光が消える。


熱が引く。


近づいて来る円を焼かないように。


ただ一人の父として――

その一瞬だけ戻ってしまった。


砂丘が闇夜に帰る。




その時――


ジャリ……

ジャリン――!


砂の中から鎖が飛び出す。


焔の両足首、腰に絡みつく。




引き千切ろうとする焔。


違和感。


力が鎖に吸われているようだ。


神通力が使えない。




『瘴気を含んだ……都の臭い……人間の技術とやらが造った……鎖……か』


徐々に意識が朦朧とする。




ひらり――


依り代の白い紙が舞い落ちた。


そこには【雲外鏡】の血文字。


焔の頭上に。


――遅い。


そう思った時には、もう遅かった。




「式神――雲外鏡」


晴明の静かな声。


依り代が形を持つ。


歪み、膨張する。


変質し。


雲外鏡の姿を取る。




「千里眼」


続く、雲外鏡の抑揚のない声。


腹鏡が――光る。


鈍く。


逃げ場のない光。


雲外鏡が落ちてくる。


焔は落ちてくる巨体を、

受け止めようと、片手を上げたかけた。


そのまま、

ズズ――


焔を腹鏡に呑み込む。


絡みつく鎖ごと。




ドスンッ!


雲外鏡は、腹這いで地面に落ちた。


その瞬間――世界との繋がりが断ち切られた焔。


焔の音が消えた。


焔の匂いが消えた。


焔の存在が――切り離された。


何事も無かったかのように、立ち上がる雲外鏡。


腹鏡の鈍い光が消える。




「雲外鏡。こちらを向け」


晴明の命令。


黙って向き直る雲外鏡。




ズドン――!!


晴明が至近距離で大筒を撃ち込む。


バリンッ――!


雲外鏡の腹鏡が粉々に砕ける。


この世との通路を断つ。


跪く雲外鏡は、怒りも、反撃する事もなく、依り代に戻った。




「これで……封じたか……」


一抹の不安を残す晴明。


焔を侮ることはしない。


息を深く吐く。


肩が、わずかに下がる。


依り代を拾う。


その手が、わずかに震えていた。


その顔には――

安堵も達成感もなかった。




「さすが陰陽師。良くできたわ。帝におねだりして造らせた、怪異捕縛鎖も上出来ね」


嬉しそうな円の声。


振り返る晴明。


そこにいた“円”が――

溶ける。


歪む。


変わる。


人の形をした九尾へと。




晴明は無言で、依り代を九尾に渡す。


受け取る九尾。


「これで……契約は終了ね」


穏やかに微笑む。


まるで、何も壊れていないかのように。


「寂しくなるわね。このまま手を組んでも良いのよ。貴方も"搾取する側"にならない?」


本心なのか全く分からない、九尾の誘い。




「……約束通りだ」


晴明は誘いに応えない。


九尾を見ない。


その場を見ない。


何も見ない。


「円には……手を出すな」


それだけを言い残す。


それが彼に残された唯一の“正しさ”だった。




「分かってるわ」


九尾の軽い返事。


『晴明、食えない子。"式神"、怪異を操れるなんて……厄介な神通力よね。あと何体持っているのかしら。私も取り込まれないように、気を付けなきゃね』


興味と警戒が残る眼差しで晴明を見送る。


その背に温度は感じなかった。




晴明は振り返らない。


そのまま去る。


ただ一度も――

焔のいた場所を見なかった。


見れば――自分が何をしたのか、理解してしまうからだ。




「……ふふ」


九尾が笑う。


愉しそうに思案する。


足元に転がる、赫斎を見下ろした。


赫斎の皮膚は爛れた、鎧兜にへばりつく。


肉の焼け焦げた臭いが鼻を突く。


「生き残りは一人だけ……十七代帝は……私の言いなりだし。そうね、貴方には……英雄になってもらうわ」


赫斎の横に屈む九尾。


「英雄として、語られる存在にしてあげる」


赫斎の焼けた耳元に囁く。


気絶した赫斎には届くはずがないのに。




「自然を奪った人間……今度は私が、人間を操り、人間から奪う……これが、私と人間の"共存"よ」


歪んだ考え。


歪んだ笑み。


九尾の"物語を作る者”の顔。




晴明から受け取った依り代を見る九尾。


「焔、これで……貴方は、私のものよ」


愛おしむ眼差し。


依り代の縁を指でなぞる。


そして、

その“焔へ通じる楔”を、飲み込んだ。



ゴクリ。



喉を通る感触が確かにあった。


腹の奥で何かが蠢いた。


「環なんかに奪われなければ…… これからは、私の中で、永遠に生きるのよ……ほむら」


嫉妬から喜びの声に変わる九尾。


腹を擦る。


嬉しそうに、九つの尻尾を振った。




飲み込んだのは焔ではない。


焔へ通じる、ただ一つの楔。


それを腹に納めたという事実に、九尾はうっとりと目を細めた。




――常闇――




「……ここは」


声が、響かない。


何も、返らない。


見えない。


前も、後ろも。


右も、左も。


上も、下も。


――すべてが、ない。


方向が、ない。


距離が、ない。


境界が、ない。




「……雲外鏡か……どこに飛ばされた……」


静かに、呟く。


「……考えたものだ」




その時。


ジャリジャリン――


音。


遅れて、意味が届く。


瘴気の鎖が巻き付く。


ジャリジャリン――

ジャリジャリン――


何十本。


何百本。


これでも足りないと言わんばかりの数が、

飛びつく。


絡みつく。


蛇のように。


闇に引きずる。


深淵に沈める。




ギシッ!


鎖が軋む。


足掻けば足掻くほど食い込む。


人間が作り上げた“世界そのもの”が、絡みついてくる。


纏わりついてくる。




「……ここまで……仕掛けておったか」


小さく息を吐く。


「……晴明」


怒りは、ない。


恨みも、ない。


ただ――

全てを理解した。




「……構わぬ」


鎖が食い込む。


砕けるような圧。


それでも。


「いずれ、私が呑み込んでやる。百年後か……千年後か……万年後か…… 何年かかろうと……私は、必ず戻ってくる」


静かに。


確定した声で。




「私は――常闇の主だ。円環を失った世界など……ただの死骸……ならば――」


大きく息を吸う焔。


闇を吸い込むように。


「光ごと――歪んだ世界を終焉へ還す。それだけのことだ」




何もない闇の中で。


闇に溶けていく焔。


輪郭が曖昧になる。


闇と混ざり合う。


そして、

ただ一つ。


確かなものが生まれた。


“意思”だけが残った。


それは――世界を終わらせるためではない。


間違いだった世界を、

初めから無かったことにする意思だった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました!


「続きが気になる」「面白かった」と感じていただけましたら、感想・レビュー・評価・ブックマークで応援していただけると、とても励みになります。


これからも『白夜の都』をよろしくお願いいたします!

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