2話【百鬼夜行・中】
松明に照らされた討伐隊。
その中に見知った顔――
白い袴姿の晴明がいた。
五十年前と変わらぬ容姿だが、顔は以前より凛としている。
怪異たちがざわめく。
感情を失ったはずの焔も――
わずかに目を見開いた。
一瞬だけ――焔の瞳が揺れた。
「怪人が……"本当に"裏切りやがったな――!」
雷獣が吠えた。
バリバリ――!
絞り出すような電気。
毛が逆立ち光る。
地を裂くように駆ける。
雷が走り、一瞬で晴明の頭上に現れた雷獣。
大口を開け牙を剥き出した。
晴明の頭に噛みつく寸前――
ズバッ――!
雷獣の首が宙を舞った。
ドサッ。
砂に沈む首と胴体。
バリ……
体毛から電気が静かに消える。
雷鳴は――もう、響かなかった。
視線を外せない焔。
かつては、己と肩を並べていた雷獣が――動かなくなった。
あまりに呆気ない最期。
少し虚しく思えた。
それ以上の感情は湧かない。
晴明の前に立つ一人の若武者。
「鬼切丸……見事な切れ味だ。やはり、人間の技術は素晴らしい」
鬼切丸に付いた雷獣の血を振り払う。
その目に迷いはない。
「討伐隊隊長――赫斎。参る!」
背後の騎馬隊が槍を構え突進。
砂丘を駆け上がる。
前に出る大太法師と酒呑童子。
バザ――!
身体を巨大化した大太法師が、両手で砂を掴み、騎馬隊目掛けて投げつける。
大量の砂が空を飛ぶ。
視界を奪われる騎馬隊。
砂が散弾のように叩きつける。
動きが乱れる。
砂に紛れ酒呑童子が騎馬隊に飛び込む。
バキッ!ボキッ!
ブシャ――!
殴る。折る。喰い千切る。
髪を乱し一心不乱に襲いかかる。
砂が赤く染まる。
だが――
ズド!ズド!
背と脇腹に槍が突き立つ。
一瞬、動きが止まる酒呑童子。
その隙を――
ズバッ――!
背後から副隊長の横薙ぎの一閃。
酒呑童子の首が宙を舞った。
「隊長!童子切も見事な出来です!」
抵抗もなく通る刃に、感嘆する副隊長が叫ぶ。
その瞬間――
ガブッ!!
酒呑童子の首が、副隊長の兜に喰らいついた。
ぎょろり、と目が動く。
執念。
最期の足掻き。
グシャッ。
兜を割り頭蓋骨を砕く。
下顎を残して頭が捥げた。
血が噴き上がる。
「あが……」
崩れ落ちる副隊長の身体。
童子切が砂に刺さる。
「副隊長――!」
赫斎が鬼切丸を構え駆け寄る。
酒呑童子の髪が鎧兜に絡みつく。
髪に苦戦しながらも、酒呑童子の眉間に刃を突き立てた赫斎。
充血した目を剥き、動かなくなった酒呑童子。
口の中から副隊長の潰れた顔が覗く。
「酒呑童子――!」
大太法師の大声が空気を振るわす。
騎馬を踏み潰す。
人間を握り潰す。
ズドン!
大筒が火を吹く。
瘴気を含んだ鉄球が直撃する。
一発。
二発。
だが、倒れない。
大太法師が鉄球を投げ返す。
バゴン!
破壊される投光器。
吹き飛ぶ人間。
五発。
十発。
十五発――
ついに、膝をつく大太法師。
「焔……皆……すまぬ」
「森を……自然を……守れなかった」
ドオォン――!
巨体が崩れ落ちる。
周りの騎馬隊が下敷きになる。
砂が一気に舞い上がり、視界を覆う。
「どうする――焔!」
牛鬼の声は震えていた。
尖った脚をバタつかせる。
焔や牛鬼にも雨のように降り注ぐ砂。
「……」
焔は答えない。
いや――
最初から聞いていなかった。
「ところで」
落ち着いた焔の声。
砂の中から降ってくるように。
「雷獣の"本当に裏切った"とは……どういう意味だ?」
「こんな時に何を――! わしは知らん!」
牛鬼の明らかな動揺。
「貴様らも……」
焔の視線が、牛鬼に、ゆっくりと向く。
「私を裏切っていたのか? それとも――騙していたのか?」
「違う!」
牛鬼の叫びは遅かった。
ザッ――
降り注ぐ砂の中から赫斎が現れる。
二振りの刀。鬼切丸と童子切を構える。
ズバッ!ズバッ!
牛鬼の身体が、四つに分かれた。
「あ……」
口を開きかけて――
何も言えないまま断たれた。
内蔵が撒き散る。
血が砂へ吸い込まれる。
更に踏み込む赫斎。
刃が、焔へ向く。
突き出す。
鬼切丸の切先が――焔の胸に触れる。
その瞬間。
空間が静止したように、雑音が消える。
「灼熱」
焔の感情のない声。
長く赤い髪が放射状に広がる。
一気に放たれる熱波。
焔の身体が真紅に輝く。
まるで――太陽。
近づくもの全てを融かす。
世界が焼ける。
熱が空気を枯らす。
砂が赤く染まる。
驚く赫斎。
鬼切丸が――切先から熔ける。
焔を貫く前に熔ける。
赫斎が咄嗟に飛び退こうとした。
だが、遅い。
赫斎の腕に、焔の髪が幾重にも絡まる。
熱を帯びた赤い髪が籠手を焼き割る。
そのまま、赫斎の腕に食い込む。
ボッ――!
赫斎の左腕が燃え上がる。
赫斎の鎧兜が熱を帯びる。
全身の皮膚が焼ける。
右目が焔の閃光で潰れる。
視界が真っ白になる。
「ぐわぁ――!!」
赫斎の苦悶の叫び。
「人間も。怪人も。怪異も」
赫斎を引き寄せ耳元で囁く焔。
高熱の吐息が耳を焼く。
グジュ――
焼けた鎧兜が皮膚にへばりつく。
焔の瞳の奥に、次々と浮かぶ影。
村人。
帝。
晴明。
雷獣。
牛鬼。
「……私を裏切った」
信じたものすべてが、同じ形で崩れた焔。
赫斎に聞く間などない。
絶え間なく襲う激痛。
焼ける肉体。
意識がねじ切れそうだ。
「ぐあぁぁ――!」
赫斎の掴んだ腕を振り回す焔。
ブチッ!
腕が――焼き千切れた。
投げ飛ばされる赫斎。
晴明の足元に落ちた。
ザッ……ザッ……
焔が歩く。
晴明に近づく。
熱が、焔の周囲を歪ませる。
「業火」
倒れた者たちが次々と発火する。
怪異も人間も焼き尽くす。
「……見事だな」
晴明の声。
袖で光を遮りながら、目を細め、焔の足元だけを見る。
「怪異の長に相応しい力だ」
だが、その瞳は――
焔も人間も何も映していなかった。
見てしまえば――戻れなくなるからだ。
「……何とか……しろ……」
地に伏した、焼け爛れた赫斎が、晴明の裾を掴む。
熱気で喉が焼かれ、まともに声が出ていない。
全身から焼けた肉の臭いがする。
「……邪魔だ」
晴明は、赫斎の手を蹴り払った。
情を挟めば、全てが崩れると知っていたからだ。
『目的は――ただ一つのみ。それ以外は――全て捨てる覚悟。自分の身さえも……捧げる』
晴明は心に誓っていた。
赫斎の爛れた皮膚と血が飛び散る。
意識が途切れた。
焔が、さらに近づく。
赤い髪が放射状に揺れる。
砂丘から昇る太陽の化身のように。
すべてを焼き尽くす存在として。
もはや――止められる者は、どこにもいなかった。
そして――止めようとする者も、もう残っていなかった。




