表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白夜の都 ~処刑の光でも死ななかった怪人は、世界の境界を書き換える~  作者: もろ
第6.5章【断章2】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/68

1話【百鬼夜行・前】

――これは、朽木の知らない過去。


敗者の記憶。


勝者に塗り替えられた歴史ではない。


誰にも語られず、

歴史にも残らなかった、百鬼夜行の話し。




――八百万神社――




「もう……どうでも良い……」


心底、そう思った焔。


守れなかったことも。


信じていたことも。


すべて――意味を失った。




環を抱いたまま、立ち上がる焔。


虚無感が全身を覆う。


ふらつく足取り。


赤い髪が揺れる。


身体が重い。


感覚が鈍い。


全て、無駄だった。


環の血だけが、現実だった。




『環が天寿を全うできるよう、寄り添っていきます』


祝言での言葉が脳裏に浮かぶ。


本当に寄り添えていたのか。


守れていたのか。


……守れるはずが、あったのか。




『怪異と人間の架け橋になりたい』


なれたのか。


なれたつもりだったのか。


――戯れ言だ。


詭弁だ。


最初から、そんなものは――存在しなかった。


……違う。


存在しては、いけなかったのだ。




怪異と人間では生態が違う。


存在意義が違う。


だから――


「私は……」


わずかに、言葉が途切れる焔。


思想がずれていく。


「最初から、間違っていたのか……?」


沈黙。


風は吹かない。


虫も鳴かない。


世界が――何も答えない。




「……ならば」


その言葉は、誰に向けたものでもなかった。


ただ――

焔の中で、何かが反転する音がした。


「もう……守らぬ」


ぽつりと、零れる。


「共存も……未来も……」


「……すべて、壊す」


怒りは、なかった。


悲しみも、なかった。


ただ――

何も、残っていなかった。


静かに、焼け焦げた地を立ち去る焔。


環の血が、点々と軌跡のように残る。




――山奥の祠――




ビュ――


冷えきった風が、山肌を駆け抜ける。


焔の長く赤い髪が靡く。




「本当に行くのだな?」


雲外鏡が、焔を見下ろしながら問う。


止めることはしない。


ただ、決意を確かめる声。


「あぁ」


短い返答。


その声は――かつての焔のものではなかった。




「円は……子供たちは、どうするんだ?」


焔の背後から細い声。


枯れた手で焔の肩を掴む木霊。


木霊の、今にも折れそうな腕が、自然破壊の影響を静かに物語る。




焔は、一瞬だけ円の顔が脳裏をよぎった。


だが、すぐに環の血の匂いが、それを塗り潰した。


『……どうでもいい』


――そう言いかけて、やめた。




「木霊。貴様の妻も……人間に殺されたのだろ」


振り向かずに言い放つ焔。


「人間がいなくなれば、怪人たちも居場所ができる…… その方が――早い」


声に怒りは無い。


焔は首だけを回し、木霊を見据える。


「怪異なら尚更。森と繋がりが深い木霊なら、良く分かるだろ」


事実だけで押し潰す。


もう、人間を“人間”として見ていない。




木霊は、焔の感情が欠落した顔や声に畏怖した。


『焔は……変わってしまった……のか』


木霊は何も言い返せない。


掴んだ手を離す。


触れてはいけないものに、

触れたかのように。




「千里眼」


雲外鏡の腹鏡が、鈍く光る。


映し出された都。


発展の名をまとった黒煙が、瘴気のように都を包む。


その中で、主張するように煌々と輝く城。


燃え上がる家々。




一瞬――立ち止まる焔。


「怪異の長は、私だ。人間は自然を蝕むもの。ならば――取り除くまで」


木霊を一瞥し、

そのまま、腹鏡に踏み込んだ。




――都――




闇夜を拒むように、明るく照らされた都。


至る所で火の手が上がる。


雷鳴。


竜巻。


地震。


悲鳴と怒号が、歪に絡み合う。


そして――この空気。


自然ではない、何かが混じる毒気。


人間社会が排出する瘴気。


まるで、

この世界そのものが、怪異を拒んでいるかのようだ。


吸うたびに――削られる。


立つだけで――削られる。


胸が軋む。


肺が焼ける。


それでも怪異たちは進む。


奪われたものを取り戻すために。


二度と奪わせないために。


――百鬼夜行。


怪異の威信を賭けた戦争。




ビカ――!!


閃光が、空を裂いた。


空そのものが、ひび割れたように見えた。


城に雷が落ちる。


遅れて――

ドゴォォォォン……!!


大気を震わす轟音。


瓦が吹き飛ぶ。


屋根に大穴が開く。


そこから、一気に駆け上がる雷獣。


背には、救出した座敷童子と河童。


瀕死の鵺を咥え、空を裂く。


だが、

都の瘴気が、雷獣の黄色い毛に纏わり付く。


まるで、沼の中を駆けている感覚。


自慢の素早さが、思うように出ない。




ズド――ン!

ズド――ン!


砲撃を掻い潜る雷獣。


しかし、一発が脇腹に直撃。


空から叩き落とされる。




ザザザ――


追撃の矢の雨。


雷獣は、咄嗟に座敷童子と河童に黄色い尾を被せる。


その瞬間――


「業火」


雷獣の頭上から落ちる声。


全ての矢が空中で発火、焼失した。


燃え煤が舞い降る。




「焔――!」


雷獣の尾から顔を覗かせる、座敷童子と河童の歓喜の声。




「人間どもに報いを与える。そうであろう?」


感情の薄い、焔の言葉。


「おおよ!」


雷獣が牙を剥き出して笑う。


「焔も理解したか――嬉しいぞ!」


四肢を踏ん張り、重い身体を無理矢理起こす雷獣。


だが――

その笑みに、焔は何も感じなかった。




「怪異の長が現れたぞ!!」


「焔の首を獲れ――!」


人間の怒号。


騎馬隊が駆ける。


鉄砲隊が鉛を飛ばす。


足軽隊が槍を構え走る。


焔たちに、大軍が武器を振り押し寄せた。




その時。


ドゴゴゴゴ。


地面に亀裂が走る。


轟音と共に大地が大きく波打った。


地中を泳ぐ大鯰が地震を起こす。


暴れる騎馬。


転倒する人間。


「お馬さんは逃がしてあげて――!」


座敷童子の叫び声。


「馬には危害を加えるな!」


怪異たちが呼応する。




崩れた部隊に次々に襲い掛かる怪異たち。


人間を喰らい。


人間を裂き。


人間を潰す。


阿鼻叫喚の地獄絵図のように。




――




一年。


十年。


二十年。


闇夜の戦いは続く。


新月の夜ごとに。


あるいは、闇が深まるたびに。


百鬼夜行は繰り返された。


奪い返すための戦いは、

やがて――失い続けるための戦いへと変わった。




――五十年後――




荒れ果てた砂丘。


元は草花が咲く、緑の丘だった。


結局、

五十年の戦いで、何も戻らなかった。


最後の新月の夜。


百鬼夜行直前。




もはや、人間たちは、怪異の長を“焔”とは呼ばない。


闇夜に現れる破壊の象徴――常闇の主。




怪異たちは疲弊していた。


皆が窶れていた。


「自然が泣いている…… もう、どこに行こうが……削られる」


瘴気で縮んだ大太法師の声は細い。


「倒しても……倒しても……終わらぬ」


爪の欠けた酒呑童子の顔色は、死に近い。


「我らは……もう五体のみ。それなのに人間は……増え続ける」


脚の数が減った牛鬼の声に、人間への恐怖が混じる。


それでも――


「まだ、五体いるではないか! 座敷童子がまた攫われたんだ。奪い返すぞ!」


尾が千切れた雷獣が吠える。


だがその電気は弱い。




焔は、ただ都を見ていた。


都の臭いが染み着いた赤い髪が揺れる。


何も聞いていない。


何も感じていない。


ただ――違和感だけがあった。


「来るぞ」




ザッ。

ザッ。


砂を踏み鳴らす音。


闇夜に現れた灯りの群れ。


松明を掲げた部隊が、規則正しく隊列を組む。


砂丘に現れる討伐隊の先頭。


その中に――

見知った顔。


怪人の晴明。




雷獣の毛が逆立った。


その目は鋭く、裏切り者を見る目だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ