表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

第1章【偽りの日常】4話【魍魎】

ビー!ビー!


光統院の対魍魎警報器が鳴り響く。


二人を包む空気を引き裂かんばかりに。


次の瞬間――。


「助けて!」


鋭く裂けるような悲鳴が、屋上まで響き渡った。


倒されるベンチ。


転がる工具箱。


脱げたまま置き去りにされる靴。


屋上にいた同僚達は、何かに弾かれたように一斉に階段へ殺到した。


「どけっ!」


「押さないで!」


怒号と悲鳴が混ざり合い、出口は瞬く間に人で詰まる。


誰も後ろを振り返らない。


ただ生き延びるためだけに、我先にと押し合っていた。




そんな光景を見て、咄嗟に立ち上がった朔夜と紡。


二人は助けを呼ぶ声を屋上の柵越しに探していた。


周囲の空気が重い。


肺の奥に湿った泥が流れ込んでくるような不快感。


皮膚にまとわりつく冷たく重い気配。


『いる!』


理屈ではなく、心が、本能が告げていた。


空気の異常値を感知した光統院の警報器が、警告灯を点滅させ続ける。


真っ白な光の中で、その赤が不気味に脈打っていた。


逃げ惑う人々の流れの先。




そこに――それはいた。


形の定まらない、どす黒い塊。


煙のようで、液体のようで、影そのものが剥がれ落ちて動いているようでもある。


その存在を視界に入れただけで、 胃の奥がひっくり返るような吐き気が込み上げた。


それが――《魍魎》




子供が一人、必死に走っていた。


何度も転びそうになりながら、 涙でぐしゃぐしゃになった顔。


声にならない叫びを上げ、助けを求めながら。


「ママ――!」


手に持つぬいぐるみが荒く揺れる。




「助けなきゃ!」


紡の声が震えた。


その言葉を聞くより早く、 朔夜の体は動いていた。


頭痛が消えている。


さっきまで脳を締め付けていた痛みが嘘のように静かだ。


代わりに胸の奥で、別の感覚が脈打っている。


『――行け』


誰かの声ではない。


自然そのものが背中を押してくるような衝動。


朔夜は柵に手を掛けた。


一切の躊躇なく、軽く飛び越える。


視界の隅でタンポポが呼応するように揺れる。


白い光の中へ落ちる感覚。 風が頬を叩く。


タンッ。


次の瞬間には、地面を蹴って走り出していた。




「ちょっ……!」


3階の屋上に取り残された紡が息を呑む。


常人なら死ぬかもしれない高さ。


なのに、あまりにも滑らかな、猫のような着地。


人間離れした加速。


普段の不器用な姿からは想像できない動きだった。


『お願いっ!』


そんな朔夜に、紡は直感的に、希望を見い出していた。




――




朔夜は一直線に子供へ向かう。


魍魎との距離が縮む。


空気がさらに重くなる。


地鳴りのような低い音を、魍魎が発した。


「グゥギョギョ――」


それでも足は止まらない。


子供の涙に濡れた顔が、はっきりと見えた。


子供の目にも朔夜が写り込む。


『――間に合え!』


朔夜は地面を強く蹴った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ