13話【弔戦】
膠着状態。
朔夜と季武。
二人だけの空間。
周りの音が消える。
淀んだ空気。
湿った布が身体に貼り付くような圧迫感。
呼吸が浅くなる。
一歩動けば――終わる。
互いに理解していた。
動けば、負ける。
動かねば、削られる。
互いに目線は外さずに、
思考だけが、限界まで加速していく。
その時――
「――竜巻」
上空から、静かな声が落ちた。
はっと、二人が同時に見上げる。
完全に不意を突かれた。
逆光。
傾き始めた太陽。
その中心に、影があった。
黒い羽を広げた烏天狗。
後光を背負う存在。
烏丸。
ゆっくりと、羽団扇が振り上がる。
シュル……
空気が、逆らった。
砂粒が、浮く。
風が、巻き戻る。
流れる空気を感じ、季武の視線が落ちる。
足元。
わずかな揺らぎ。
つむじ風。
「なっ……!」
初見。
理解不能。
思考が現実に追い付かない。
対応が遅れる。
ビュルルル――!!
一瞬で膨れ上がる風。
渦。
柱。
上昇気流。
「くっ!」
季武は咄嗟に屈み、重機の窪みに指をかける。
茶髪が暴れ舞う。
はためく白い制服。
ゴォォォォ――!!
竜巻は止まらない。
土砂。
鉄片。
砕けた機材。
あらゆるものを呑み込み、さらに太くなる。
朔夜も反射的に地面へ伏せる。
はためく作業着。
吸い寄せられるのを堪える。
渦に飲み込まれないように、這いながら距離を取る。
バチバチバチッ!!
腕で頭を庇う季武。
飛来物が、散弾のように叩き付けられる。
衝撃。
痛み。
呼吸が乱れる。
それでも――季武の手は離れない。
ブオォォッ――!!
竜巻が生き物のように暴れ狂う。
巻き上げる。
ついに、
季武の重さが、意味を失くした。
「くっ……!」
身体が浮く。
逆さまになる視界。
必死に重機を掴む。
だが――
ゴゴゴゴ……!
風が、ねじれる。
回転が加速する。
ついに。
重機ごと、持ち上がった。
「嘘だろ……!」
季武の想定を、はるかに超えた現象。
鉄の塊が、宙を舞う。
バキンッ!
鉄片がゴーグルを弾き飛ばす。
割れた破片が目に入る。
視界を失ったまま――
回転。
旋回。
一気に上昇。
天地が狂う。
そして――放り出された。
上昇から下降に切り替わる頂点。
そこに、翼を広げた烏丸。
フッ。
幻であったかのように、竜巻が消える。
静寂。
一瞬、季武の身体が宙に止まる。
内蔵が抜けるような感覚。
視界は奪われたまま、
平衡感覚も崩壊している。
烏丸が、静かに呟いた。
「巌……熊吉……力を貸してくれ」
かっと目を見開く。
一気に脚が、振り抜かれた。
バキッ!!
乾いた音。
顔面にめり込む蹴り。
前歯が折れる。
血が弾ける。
季武の意識が途切れた。
いや、既に無かったのかもしれない。
クロスボウが手から離れる。
季武の身体が、弾き飛ばされる。
ズドン!!
朔夜の右。
重機が落ちた。
地面が震える。
土煙が舞い上がる。
烏丸は宙に立ったまま。
腹の風穴が開き、血が滴る。
「安らかに……」
同士に向けた言葉が途切れる。
その声は、静かだった。
満身創痍のなか。
朦朧とする意識のなかで、弔いが終わる。
フッ――
烏丸の力が抜ける。
そのまま墜ちる。
「烏丸さん!」
朔夜が走る。
降り注ぐ落下物を避けながら走る。
跳躍。
ガシッ!!
空中で掴む。
体重が腕にのしかかる。
ズザァァ――!!
地面を滑りながら着地する。
砂が舞う。
烏丸は、完全に気を失っていた。
――麓――
ビュ――
空気を裂く音。
貞光が、空を見上げる。
飛来する影。
ガシッ。
片手で季武を掴む。
「マジかっ……」
思わず漏れる、貞光の驚き。
太陽が傾く。
空が、赤く染まり始める。
脳裏に浮かぶもの。
闇。
魍魎。
夜。
「……撤退だ――!」
低く。
だが、確実に響く声。
即断。
貞光は、季武を掴み、金時を肩に担ぐ。
資源部隊が動く。
使える車両へ負傷者を運ぶ。
泥だらけの隊員。
ドゴドゴドゴ――
車列が引き返す。
光統院が去っていく。
残されたのは――
崩れた重機と、傷だらけの大地。
――崖中腹――
怪人達が、静かに集まる。
歓声はない。
ただ、沈黙。
片方の角が折れた剛鬼。
腫れ上がる鼻も気にせずに、
ただ、巌と熊吉の身体を集めていた。
「すまない……」
震える声。
強くなったはずの身体。
だが――守れなかった。
手が震える。
後悔で、涙が止まらない。
銀八が、額の乾いた血を払う。
片手に剛鬼の折られた角。
「手厚く弔ってやろう」
肩に手を置く。
その重みが、現実を伝える。
そこへ――
疲弊した顔の朔夜が戻る。
烏丸を背負い。
雫を補助する。
「又兵衛は?」
剛鬼の問い。
「仲間が救助した。里で手当てを受けているから、後で見舞おう」
銀八が答える。
「……良かった」
剛鬼が、息を吐く。
だが――
銀八は、遠くを見ていた。
「奴らは……また来るぞ」
誰も否定しない。
視線の先。
崩壊した崖。
埋まった重機。
抉られた荒野。
すべてが、赤く染まる。
茜空。
まるで――血のように。
「戻ろう」
誰かが言った。
感傷に浸る時間はない。
怪人達は、静かに踵を返す。
風が吹き下ろす。
無情に、戦場を撫でていった。




