11話【空中戦】
剛鬼と金時が激突するその裏で――
もう一つの戦いが、空を舞台に始まっていた。
――麓――
シュッ――!
赤い閃光が、空気を裂いた。
横転した重機の影。
銃身を支えに膝をつき、季武はスコープを覗く。
「……何でだよ」
笑みが、消えていた。
崖上。
霞む視界の中に浮かぶ紅一点――雫。
何度も狙いを定めている。
赤く光る鏃。
自動追尾の矢。
風を読み、角度を変え、軌道を補正する。
逃げ場はないはず。
だが――
カン。
雫の目前で、必ず落ちる。
見えない“何か”に弾かれるように。
「……自動追尾が、当たらない?」
眉が歪む。
スコープ越し。
雫の隣に立つ、青年。
朔夜。
『あいつか……? 神通力……』
端末を展開――
その瞬間。
シュッ。
シュッ。
空気が、裂けた。
「……!」
反応する季武。
横に転がる。
端末が真っ二つに割れる。
頬が裂け、血が飛ぶ。
軍服が、切り刻まれていた。
「女にばかり、現を抜かすな」
影が、落ちる。
ゆっくりと顔を上げる。
空――
風を裂き、そこに“留まる”存在。
天狗の怪人――烏丸。
翼を広げ、静止している。
風に乗るでもなく、“支配している”ように。
羽団扇が、わずかに揺れた。
気配が、遅れて届く。
「……いつからだよ」
季武が頬の血を拭う。
「僕は、女が大好きなんだもん」
にやりと笑う。
「鎌鼬」
シュシュッ――!!
不可視の刃が、幾重にも走る。
バサッ――!
季武は土を掴み、空へ放る。
砂粒が裂ける。
一瞬。
“見える”。
刃の軌道が。
身体を捻る。
最小限の動き。
軽い身のこなし。
すべてを躱す。
背後の重機に、無数の斬痕が刻まれた。
「……ただの女好きではないな」
烏丸が呟く。
「僕はね……」
季武が立ち上がる。
「光統院でも、小柄なんだよ」
カチンッ。
翼が展開される。
ギュイィィィン――
背中が唸る。
小型ジェットパック。
甲高い音が空気を震わせる。
「……っ」
烏丸の顔が歪む。
音が、脳を直接かき回す。
「コンプレックスだったけどさ」
カシュ。
今度は、左の籠手。
操縦桿が展開される。
赤い噴射。
砂塵が吹き上がる。
身体が、浮く。
10メートル。
20メートル。
そして――
同高度。
烏丸と、同じ“空”へ。
「お陰で、これが使えるんだ」
「……何だと」
驚愕する烏丸。
自分の領域に、人間が干渉してきた。
「こっちは手動だけどね~」
カシュ。
右の籠手が展開。
機関銃の銃身。
黒く輝く。
パパパパパッ!!
弾幕が、空を裂く。
烏丸が旋回。
羽団扇が振られる。
シュシュッ!!
刃が飛ぶ。
だが――
季武は、煙を吐いた。
ジェットの噴煙。
その中を、刃が通過する。
“軌道が見える”。
宙返り。
躱す。
煙を抜け、さらに上昇。
小さくなる烏丸。
『……鎌鼬』
思考が加速する。
『見えないが直線』
『威力は中の下』
『射程……50メートル前後』
『発動には羽団扇の動作が必要』
――結論。
『見切れる!』
パパパパパッ!!
弾幕。
烏丸が上昇し、距離を詰める。
だが――
届かない。
季武は、逃げる。
近づけば、離れる。
離れれば、撃つ。
常に保たれる距離。
60メートル。
羽団扇は、振れない。
空を裂く二つの影。
交差しない戦い。
旋回。
宙返り。
削る。
削られる。
徐々に――
烏丸の動きが、鈍る。
弾幕を浴びる。
羽が裂ける。
血が滲む。
「スタミナ切れかな~?」
季武が目を細めた。
その時。
「行くな――!!」
剛鬼の悲痛な叫び。
反射的に視線が逸れる。
地上で巌と熊吉が割かれた。
ほんの一瞬。
だが、確実に。
時が止まった。
その、一瞬を見逃さない。
ギュイィィィィィ――ン!!
エンジン出力最大。
空気が爆ぜる。
音が、遅れて追いかける。
ズドンッ!!
季武が背に突き刺さる。
推進力ごと、叩き込む。
「がはっ……!」
烏丸の身体が折れる。
空中で、体勢が崩れる。
逃げ場はない。
銃口が、押し当てられる。
呼吸が触れる距離。
「チェックメイト」
耳元で囁く。
笑う。
パパパッ!!
ゼロ距離射撃。
「――ッ!!」
弾丸が貫く。
腹から、血が弾ける。
内部から、熱が破裂する。
そのまま――
吹き飛ぶ。
ドドンッ!!
崖へ激突。
岩が砕け、亀裂が走る。
粉塵が空を覆う。
静寂。
空を支配していた影が――
崩れ落ちた。




