10話【継承】
ブンッ――!!
空気を裂き、金棒が唸る。
「兄者を……!」
剛鬼の目は血走っていた。
怒りが、視界を赤く染める。
地面を砕き、一直線に突っ込む。
――正面衝突。
ガキィィィンッ!!
金棒と鉞がぶつかる。
衝撃が、空間ごと震わせた。
地面に亀裂が走る。
砂が跳ね、岩が軋む。
耳鳴りが残る。
「ほぉ……」
金時が、口角を吊り上げる。
獲物を値踏みする、肉食獣の目。
力を測っている。
「ぐぐぐ……!」
押し合う。
筋肉が悲鳴を上げる。
骨が軋む。
だが――
「軽いのぉ」
ニヤリ。
ドゴォン!!
剛鬼の身体が吹き飛んだ。
背中から崖へ叩きつけられる。
岩肌が砕け、粉塵が舞う。
「かはっ……!」
肺の空気が抜ける。
視界が白く弾ける。
ドドドドド――!!
金時が追撃する。
巨体とは思えない速度。
鉞が振り上がる。
「かち割ってやる!」
――振り下ろされる。
その瞬間。
ビュッ。
空気が、鳴った。
ビィィン――
何かが、突っ張る。
鉞が――止まる。
「……何じゃ?」
さらに。
ビュッ。
ビュッ。
ビビィィン――
腕。
脚。
胴。
――動かない。
絡みつく。
粘つく。
見えない何か。
目を凝らす。
キラリ。
光を拾う、細い線。
「……糸?」
ビュッ。
ビュッ。
銀色の糸が、次々に走る。
「起きろ!剛鬼!」
後方。
蜘蛛の怪人――銀八。
岩と、金時。
倒木と、金時。
地面と、金時。
すべてを繋ぐ。
自然の枷。
だが。
ズズ……
岩を引きずる。
倒木を引きずる。
ブチン。
一本、切れた。
「何と……」
銀八が息を呑む。
視界が揺れる。
神通力の酷使。
それでも。
ビュッ!
糸を放つ。
もう一度。
もう一度。
金時を繋ぎ止める。
「……銀八さん」
剛鬼が目を開ける。
「神通力はな……」
銀八の声が、震える。
「怒りからは生まれぬぞ!!」
ブチブチブチ――!!
糸が、引き千切られる。
飛び出す金時。
一気に鉞が振り下ろされる。
剛鬼は、転がるように躱す。
バキンッ!!
角が飛んだ。
地面に落ちる。
鬼の誇り。
――断たれた。
一瞬。
視線が、そちらへ向く。
その隙。
バゴン!!
鉞の側面が、顔面を叩く。
ゴキッ。
鈍い音。
鼻骨が砕ける。
血が噴き出す。
膝が折れた。
「……っ」
地面に、片膝。
視界が揺れる。
音が遠い。
「化け物が……」
血反吐を吐く。
呼吸が苦しい。
朦朧としてきた。
その時。
『剛鬼』
声。
脳へ、直接。
静かに。
確かに。
『剛鬼』
もう一度。
剛鬼は、顔を上げる。
辺りを見渡す。
『剛鬼』
懐かしい声。
視線が、動く。
導かれるように。
金時の腰。
巾着。
「……っ」
意識が、はっきりしてきた。
気付く。
「銀八さん!!」
「奴の腰巾着!!」
ビュッ!
最後の糸。
だが。
反応する金時。
振り向きざまに投石。
ゴッ。
銀八の額を打つ。
血が流れる。
それでも――
糸は、正確に伸びた。
巾着を絡め取る。
ビュン!
剛鬼の手に収まる。
迷いはない。
開ける。
中には。
注射器。
ブスッ。
腹へ突き刺す。
ドクン。
心臓が、跳ねた。
ドクン。
血が、巡る。
ドクン。
世界が、変わる。
――流れ込む。
記憶。
――
白い牢獄。
監視する光。
汚れた拘束具。
赤い血。
首枷に刻まれた名。
――勇鬼。
兄の名。
腕に刺さる管。
吸われる血。
叩きつけられる鞭。
削がれる肉。
それでも。
兄は、叫ばない。
守るため。
里を。
弟を。
――中腹――
「兄者……」
涙が落ちる。
呼吸が乱れる。
視界が滲む。
音が消える。
……静寂。
兄弟の血肉が、混ざる。
『兄者が守った里を』
拳を握る。
『俺が守る』
雑音が、消えた。
怒りが――沈む。
代わりに。
芯が、生まれる。
「……金剛夜叉明王」
言葉が、落ちる。
ザワ……
空気が、沈む。
風が、止まる。
髪が逆立つ。
炎のように揺れる。
憤怒の形相。
だが。
その奥にあるのは――静かな覚悟。
鬼にして、仏に帰依した者。
「おらのだ!!」
金時が慌てて突進。
「返せ!!」
鉞が振り下ろされる。
時間の流れが遅く感じる。
動きが緩やかに見える。
踏み込む剛鬼。
金時に合わせるように。
掻い潜る。
ズゴォン!!
金棒が、腹へ突き刺さる。
「ごぼっ……!」
目が見開かれる。
血が、噴き出す。
巨体が突き飛ばされた。
斜面に激突。
毬のように、大きく二度跳ねる。
砕ける岩肌。
そして、転げ落ちる。
麓まで。
――麓――
ドスッ!!
転がる金時を、片足で止める大男。
バンッ。
横へ蹴り払う。
金時の身体が転がる。
白目を剥いている。
ピクリとも動かない。
膨れ上がっていた筋肉が、萎む。
増強剤の反動。
「やるじゃねぇか」
口角を上げる大男。
貞光。
ようやく――火が入った。
目がぎらつく。
――中腹――
剛鬼は、巾着を覗く。
九本の注射器。
勇鬼の血肉。
静かに、腰へ括る。
「兄者」
息を吐く。
これは――
復讐ではない。
奪われたものを。
繋ぎ直すための。
――継承だ。




