9話【血の開戦】
「はぁ……はぁ……」
荒い呼吸。
喉が焼ける。
肺が熱を持つ。
「……凄い威力ね」
雫が、かすれた声で呟いた。
村雨丸を握っていた手が、わずかに震えている。
指先に力が入らない。
柄から、じんわりと生命を吸い取られたような感覚。
視線を落とす。
皺だらけになった手。
そして――頬に走る細かなひび割れ。
まるで、乾いた大地のように。
「大丈夫ですか?」
朔夜が駆け寄る。
その目が、一瞬だけ曇る。
「……少し、使いすぎたわ」
雫は短く答えた。
リュックから取り出したペットボトル。
口に含む。
乾いた喉を潤す。
そして。
残った水を、そのまま手と頬へ――
バシャッ。
水が染み込む。
ジワ……
皺が戻る。
ひび割れが、ゆっくりと閉じていく。
水が、彼女を“元の形”へ戻す。
「一気に追い払うぞ!」
烏丸の声が鋭く裂けた。
羽団扇が崖下を指す。
「おおっ!!」
怪人達が一斉に動く。
崖を滑り降りる影。
飛び出す猫の怪人――又兵衛。
地を這うように低く。
吹き下ろす風のように速く。
二又の尾がしなる。
獲物へ向かう獣の軌道。
シュッ――
空気が、裂けた。
赤い光。
鋭い鏃。
軌道は一直線。
獲物を逃さぬように、目のような赤が点滅する。
ザッ!!
又兵衛は跳んだ。
完璧な回避。
――そう見えた。
一瞬だけ。
安堵が走る。
だが。
グン。
鏃が“上”を向いた。
軌道が変わる。
空中で、追う。
ドスッ。
又兵衛の腹に、深く突き刺さった。
「……っ」
声も出ない。
身体が宙で止まり――
次の瞬間。
ゴロゴロゴロ……!
崖を転げ落ちる。
土と石が跳ねる。
尾が力なく揺れる。
そして――沈黙。
赤が、岩肌を染めた。
――麓――
混乱する資源部隊。
怒号。
悲鳴。
崩れた陣形。
だが。
その中心にいる者達は違う。
「当たり~」
楽しげな声。
季武がスコープ越しに崖を覗く。
口角が上がる。
まるで遊びのように。
クロスボウへ新たな矢を装填。
ガチン。
乾いた音。
「怪人だ! わしにも残してくれよ季武」
金時が鉞を担ぎ、笑う。
次の瞬間。
ダダダダダ――!!
巨体とは思えぬ速度。
地を蹴り、崖を駆け上がる。
それを見送りながら。
「ちっ……しゃーないなぁ」
やる気のない顔。
貞光が、面倒くさそうに立ち上がった。
――中腹――
「よいしょ。よいしょ」
金時が、巨体を揺らしながら登る。
踏むたび。
岩が砕ける。
地面が沈む。
ズダンッ!!
影が落ちる。
空が、一瞬だけ塞がれた。
「金剛力」
降ってきたのは――鬼。
剛鬼。
膨張する筋肉。
膨れ上がる血管。
赤く染まる皮膚。
振り上げる金棒。
全身の力を乗せて――叩き落とす。
ガキンッ!!
火花。
衝撃。
空気が弾ける。
金時の鉞が、受け止めていた。
ボゴンッ!!
岩肌が砕ける。
砂が吹き上がる。
金時の足が、衝撃で地面へ沈み込む。
着地した剛鬼。
即座に横薙ぎ。
ガキンッ!!
金棒と鉞。
ぶつかる。
弾く。
叩く。
押し合う。
ガキンッ!!
重い音。
何度も。
何度も。
火花。
汗。
呼吸。
怒号。
だが。
埋まった足。
わずかな“遅れ”。
押され始める、金時。
バゴンッ!!
金棒が――叩き込まれた。
「ぐぁっ――!」
脇腹。
波打つ肉。
骨が軋む。
血が噴き出す。
巨体が吹き飛ぶ。
ドガンッ!!
大岩へ叩きつけられる。
割れる岩。
煙。
静止。
「はっ……はっ……」
剛鬼が息を荒げる。
その場から動けない。
金棒を支えに、身体を保つ。
やがて。
煙が、晴れる。
「怒ったぞ」
そこにいた――金時。
立っている。
口から血を垂らしながら。
ゆっくりと。
腰巾着から取り出す。
小さな金属ケース。
カチン。
開く。
中には――注射器。
迷いはない。
ブスッ。
自分の腹へ突き刺す。
ドクン。
心臓が、強く脈打つ。
血管が浮き出る。
皮膚が赤黒く染まる。
筋肉が膨れ上がる。
「鬼の怪人の血肉から作った……」
目が、狂気に染まる。
「増強剤だ!」
その瞬間――
全身に岩を纏う影。
岩の怪人――巌。
鋭い爪を振り上げる。
熊の怪人――熊吉。
同時に飛びかかる。
「行くな――!!」
剛鬼の悲痛な叫び。
直感。
警告。
だが――
遅い。
ズバンッ!!
一閃。
鉞が、横に走る。
時間が、切れる。
二人の身体が。
真っ二つに割れた。
ボトン。
ボトン。
上半身と下半身。
別々に転がる。
血が、噴き出す。
金時は、その血を浴びる。
舌で舐める。
「美味いのぉ」
まるで酒でも飲むように。
歪な笑い。
剛鬼の視界が、赤く染まる。
「鬼の怪人……」
脳裏に浮かぶ。
兄者。
伸ばした手。
届かなかった背中。
泣き声。
消えた影。
二度と、帰らなかった。
金棒が、軋む。
ギリギリ……
歯を食いしばる。
口の端から血が滲む。
「兄者に何をした――!!」
牙を剥く。
視線が、金時に突き刺さる。
怒りが――爆ぜた。




