8話【村雨丸】
「どうして、ここが分かったんです?」
雫は、頬の涙を拭いながら問いかけた。
朧は答えず、無言で通信機を差し出す。
それを見た瞬間――
紡の顔色が、さっと変わった。
「一鉄さん達が危ないんです!」
「えっ!?」
朔夜と雫が同時に声を上げる。
「仲間がいるのか?」
朧の問いは静かだった。
「補給所にいます……でも」
紡の声が震える。
喉の奥で言葉が絡まる。
「……綱に、捕まって」
――綱。
その名が、重く落ちる。
朔夜の背中の傷が、鈍く疼いた。
焼けるような記憶が蘇る。
「奴は武人だ」
朧が淡々と言う。
「無駄な殺生はしないだろう……だが」
一瞬の間。
「急ぐぞ」
朧の表情が強張る。
「補給所の詳しい情報を聞かせてくれ」
――
「死ぬなよ」
朽木の身を案ずる声。
その声は重く、だが温かかった。
集まった者達。
烏丸。
剛鬼。
天岩戸の怪人達。
そして――朔夜と雫。
「一鉄さん達をお願いします」
「あぁ」
朧は短く頷くと、背負っていた鞄から一振りの刀と小瓶を取り出した。
青地に白の鞘。
金の鍔。
静かに差し出されるそれを、雫が受け取る。
その瞬間――
微かに、雨の匂いが立ち上った。
「これは……?」
雫が尋ねる。
「君の研究データから開発した。細胞サンプルを融合させた刀だ」
朧が淡々と答える。
雫の瞳が揺れる。
理解が追いつかない。
だが――
柄を握った瞬間、確かに感じる。
水が、流れる感覚。
「村雨丸」
朧から刀の名が伝えられる。
――やっと、渡すことができた。
朧は胸の奥で、長く息を吐いた。
積み重ねてきた贖罪。
その一端が、ようやく形になった気がした。
朧と紡が、天岩戸の外へ出る。
朽木達も続く。
朧は端末を開く。
光の軌跡が浮かび上がる。
資源部隊の位置はすでに把握済み。
最短ルートを算出。
迷いはない。
誰も口を開かない。
風の音だけが、通り抜ける。
怪人達は、ただ黙って朧の背を追う。
「怪人を導く人間が現れようとは……」
朽木が低く呟いた。
歪な関係。
だが――そこには、確かな信頼が芽吹いていた。
やがて、鉱山を抜け、枯れた森林へ辿り着く。
朧は足を止める。
木々の影へと紡と朽木達を誘導する。
「ここで待て、必ず迎えに来る」
通信機を紡へ手渡す。
それだけ言うと、振り返らない。
頭巾を被る。
気配が曖昧になる。
ホバーブーツの出力を最大へ。
ギュイン――ッ!!
砂埃が巻き上がる。
次の瞬間、朧の姿は掻き消えた。
――採掘場――
ガリガリガリ……!
大地を削る重機の音。
振動が足裏から這い上がる。
眼下の光統院。
まるで――蜜に群がる白い蟻。
――崖の上――
烏丸達の顔が歪む。
頭痛。
怒り。
そして――共鳴。
自然を踏み躙る音が、神経ではなく“直接”脳を削る。
多勢に無勢。
それでも――
「やるぞ!」
烏丸の声が、鋭く裂けた。
「おぉ――!」
怪人達が一斉に足を踏み鳴らす。
ダン!
ダン!
ドドンッ!!
剛鬼が金棒で岩肌を叩きつける。
重い音が、山に響く。
さらに――
ドンドン!
ドンドン!
怪人達が跳ぶ。
踏む。
揺らす。
呼吸が、揃う。
怒りが、一つになる。
それは戦いではない。
怒りの――舞い。
ビシッ!
ビシビシッ!
崖に亀裂が走る。
だが――まだ、落ちない。
「今だ!」
烏丸の叫び。
雫が前へ出る。
村雨丸を引き抜いた。
スゥ――
鞘から、冷たい霧が溢れ出す。
白銀の刀身。
空気に触れた瞬間、露が浮かび上がる。
柄を握る手を伝い、身体の水分が吸われる感覚。
喉が、わずかに乾く。
それでも――
雫は刀を空へ掲げた。
「時雨」
ポツ。
雨粒が落ちる。
ポツ。
ポツポツ。
ザァァァァ――ッ!!
一気に降り注ぐ豪雨。
以前より強力な神通力。
村雨丸によって増幅された雨量。
怪人達の身体を、雨が叩く。
熱くなった身体を冷やす。
乾いた大地が、瞬時に濡れる。
水が、亀裂へと流れ込む。
崖が、軋む。
限界まで――溜め込まれた力。
そして――
ドドドドドォォォ――!!
崩落。
岩肌を滑る土石流。
巨大な茶色の波が、重機と車両を飲み込む。
「そこから逃げろ!」
烏丸の声が響く。
眼下の光統院が、慌ただしく蠢く。
混乱。
悲鳴。
轟音。
土煙。
すべてが、呑み込まれていく。
やがて――
雨が、止む。
静寂。
湿気った風だけが残る。
これは――
朧の奇策。
“天宇受売”の舞。
天岩戸の前で、怪人が舞った。




