7話【震源地】
――天岩戸・里の入口――
「ぐぅぅ……ッ!」
入口で、剛鬼が頭を抱え膝をつく。
大岩を閉じる余裕など、ない。
里のあちこちでも、同じ光景が広がっていた。
怪人達が次々と崩れ落ちる。
額を押さえ、歯を食いしばり、呻き声を漏らす。
刺すような痛み。
いや――刺すのではない。
叩き込まれる。
脳の奥へ、直接。
……大地が、悲鳴を上げている。
その痛みが、神経を通さず、“直接”流れ込んでくる。
まるで――
里そのものが一つの"生き物"。
その傷が、怪人達の頭蓋へ伝播しているかのように。
だが。
紡は、気付かない。
周りを見る余裕がない。
ただ、走る。
必死に。
息を切らしながら。
「大変! 一鉄さん達が……!」
飛び込んだ家。
朔夜と雫も、同じように蟀谷を押さえていた。
顔色が悪い。
呼吸が浅い。
「自然が……」
雫が言いかけた、その瞬間。
ドドンッ!!
天岩戸全体が、揺れた。
家屋が軋む。
柱が悲鳴を上げる。
天井から埃が舞い落ちる。
「地震!?」
紡は咄嗟に入り口の戸に掴まった。
「違う……!」
朔夜が歯を食いしばる。
人間には感じない自然との繋がり。
「これは……外からだ……!」
「麓で人間達がまた、採掘を始めやがった!」
剛鬼の怒号が、外から叩きつけられる。
――採掘。
その言葉だけで、全てが繋がる。
朔夜の脳裏に、あの巨大な影が蘇る。
――常闇の主。
「自然が泣くと……封印が……」
痛みに耐えながら、朔夜が呟く。
「里長の家に集まれ!!」
烏丸の声が鋭く響く。
三人は顔を見合わせると、すぐに家を飛び出した。
――天岩戸・入口付近――
ギュイン――
空気を裂く機械音
ホバーブーツ。
崖の上に、降り立つ男。
静かに見渡す。
辺りには誰もいない。
男は視線を落とす。
そこに転がる、通信機。
拾い上げる。
ガガ……
ノイズ。
繋がったままの捨てられている。
通信を切る。
そして――
視線を、大岩の“隙間”へ向ける。
ほんの僅かな隙間。
普通なら、気にも留めない。
だが――
男は、そこに“道”を見る。
――天岩戸・里長の家――
住民達が集まっていた。
老若男女。
誰もが頭を押さえている。
呻き声。
荒い呼吸。
押し殺された恐怖。
「剛鬼の知らせのとおり、人間達がまた搾取しに現れた」
朽木が顔を歪めながら言う。
その言葉と同時に――
視線が、紡へ向く。
一人。
また一人。
増えていく。
誰も口を開かない。
だが――その目は、明確だった。
――人間。
紡は俯く。
胸が締め付けられる。
だが、逃げない。
雫が、そっと肩を抱く。
その視線を遮るように。
しかし――
「災いを呼んだな」
男の低い声。
「私は反対だったのよ」
女の声が重なる。
「やはり入れるべきではなかった」
刃のような言葉が、突き刺さる。
空気が冷える。
「今は、そんなことを言っている場合ではない!」
朽木の一喝が響く。
「このままでは、里も潰れかねんのじゃ!」
だが――不安は消えない。
「もう……我慢できません」
烏丸が前に出る。
「戦いましょう」
真剣な眼差し。
「捕まったら殺されるわ……」
若い女の声が震える。
子供を抱き寄せる。
その時――
「くっ……!」
再び、頭痛が爆発する。
同時。
ドドンッ!!
轟音。
天岩戸が、激しく揺れる。
ビシッ!!
岩肌に亀裂が走る。
小石が降り注ぐ。
子供が泣き出す。
混乱。
恐怖。
崩壊寸前。
「戦いたくなければ、戦わなくて良い。子供、老人、女達の避難を頼む!」
烏丸が、苦痛に耐えながら言う。
「麓には人間がいる! 見つからずに、どこへ逃げるんですか!?」
若い男の怪人が叫ぶ。
……沈黙。
誰も、答えを持たない。
――詰み。
その時。
「私に先導させてくれ」
声が、落ちた。
静かに。
確実に。
全員が振り返る。
――そこに、いた。
誰も、気付かなかった。
頭痛で鈍った感覚。
混乱。
その隙を縫うように。
男が、立っていた。
頭巾からのぞくのは、鋭い目のみ。
忍装束。
ホバーブーツ。
背負った鞄。
気配が薄く、正体が掴めない。
「誰だ!!」
剛鬼が怒鳴り、大きな拳を振り抜く。
だが――
キュイン。
男の姿が、消えた。
拳は空を切る。
風だけが遅れて揺れる。
「なっ……」
剛鬼が振り返る。
――背後。
男は、すでにそこにいた。
音もなく。
気配もなく。
「名を名乗れる人間ではない……」
落ち着いた声。
敵意はない。
だが――底が見えない。
「固有名詞が必要なら……朧と呼んでくれ」
頭巾を外す。
戦う意思がないことを示す。
その瞬間――
ダッ――!
雫が、飛び出した。
迷いなく。
一直線に。
朧へ。
抱きつく。
強く。
縋るように。
朧は、一瞬だけ固まる。
知らない顔。
だが――
視線が、落ちる。
両手。
焼けただれた痕。
記憶が、繋がる。
「あぁ……」
理解した。
「生きていてくれたか……」
声が、震える。
感情が、沸き起こる。
過去の選択。
罪。
逃げなかった記憶。
それでも――
間違っていなかった。
胸の奥で、凍っていた何かが溶けた。
朧の頬を、涙が静かに伝った。
――震源は、外だけではなかった。




