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白夜の都 ~処刑の光でも死ななかった怪人は、世界の境界を書き換える~  作者: もろ
第1章【偽りの日常】

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3話【一輪の花】

「困るんですよ。そういうことをされると」


事務員は、破れたポスターを回収する。


「光統院に見つかったら罰金ものですよ」


「……すいません」


頭を下げる。




――見逃された、だけだ。


胸の奥に残る、鈍い違和感。


消えないまま。




――作業場――




「違うっ!そうじゃないっ!」


「何度言ったら分かるんだっ!」


顎髭を生やす、筋肉質な上司。


金属音を引き裂くように、怒号が叩きつけられた。


常に睨むような目つきで、僕を見下ろす。




白い光。


天井から、容赦なく降り注ぐ。


逃げ場はない。


作業台も。


人の表情も。


すべてを、平等に――無遠慮に暴き出す。




ここに来て、約一年。


誰よりも早く来て、誰よりも遅くまで残った。


手順はすべてメモに書き、何度も、何度も頭の中でなぞった。


それでも――


できる気がしない。


――いや、最初から無理だったのかもしれない。




キューン。


モーターの甲高い回転音が、耳の奥を刺す。


ブォーン。


低い振動が、足元から這い上がる。


わずかなはずの音が、逃げ場なく、頭の内側へと入り込む。


思考が削られる。


焦りが、集中を奪う。


結果――


手に持った工具が、わずかに宙を泳いだ。


『クソッ……』


震える手が、言うことを聞かない。




「だからっ!そうじゃないって言ってるだろっ!」


怒声が、さらに強くなる。


空気が冷える。


視線が刺さる。


呆れ。


苛立ち。


軽蔑。


誰も、それを隠そうとしない。




……慣れているはずなのに。


胸の奥が、軋む。




キーン。コーン。


休憩の鐘が鳴る。


上司は舌打ちを残し、

ぶつぶつと文句を言いながら去っていった。




「朔夜~お前ほんとトロいな~」


「それ新人が初日にやるやつだろ」


笑い声。


僕は、何も言わない。




コトッ。


工具を、静かに置く。


その音だけが、やけに大きく響いた。


誰とも目を合わせない。


ゆっくりと、立ち上がる。


向かう先は――決まっている。




――屋上――




そこは、偶然見つけた場所だった。


配管の隙間。


ひび割れたコンクリート。


その、わずかな土の割れ目に――


一輪の花が咲いていた。


この場所で、唯一、“自然”が残っている場所。


僕は、その隣に腰を下ろす。


白夜の光に晒され、花弁はどこか疲れている。


それでも――折れていない。


踏まれもせず、守られているわけでもない。


それでも、ここで咲いている。


指先で、そっと触れる。


柔らかい。


壊れそうで――


それでも、確かに生きている。




「……どうして、お前はここで生きていられる」


答えは、返ってこない。


それでも――


ここでは、息ができる。


機械油の臭いが薄れ、音が遠のく。


視線が消える。


――その瞬間だけ。


“生きている”と、感じられた。


「……次は、どこに逃げればいい」


ぽつりと、零れる。


これで、何度目だろう。


拳を握る。


目立たず。


逆らわず。


ただ、やり過ごす。


そう決めたはずなのに――


視線の先。


白い光を放つ、巨大な鉄塔群。


規則正しく並ぶ、無機質な柱。


都を覆い尽くすように立ち並ぶそれは――


まるで、世界そのものを監視しているかのようだった。


逃げ場など、最初から存在しないと告げるように。


胸の奥が、軋む。




……花だけが、この場所で“例外”だった。




――作業場――




休憩が終わる。


重い足取りで戻る。


ガタッ。プシュ。


ガタッ。プシュ。


再び始まる機械音。




『……』


手が、動かない。


心が、追いつかない。




その時――


コツッ。


コツッ。


静かな足音が、近づいてくる。


肩にかかる長さの、黒茶色の髪が揺れる。


ざわり、と空気が揺れた。


周囲の視線が、一斉に一点へ集まる。


空気の温度が、変わる。




「反思想の小娘だ……」


誰かが、吐き捨てるように言った。


――場の“常識”から外れた存在。


それだけで、空気は歪む。


だが。


その足音は、止まらない。


まっすぐに。


迷いなく。


一直線に――


僕の前で、止まった。

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