0話【怪人】
バリン!
バリン!
バリン!
硝子が内側から弾け飛ぶ。
砕けた破片と共に、拳大の石塊が白夜へ散る。
ガン!
ガン!
ガン!
装甲車の外殻に石が叩きつけられた。
鈍い衝撃音。
重く響く。
建物を取り囲む武装部隊。
一糸乱れぬ隊列。
胸には、白く輝く光の紋章。
――白夜の象徴。
その光は、影を許さない。
「こちらは、光統院・対怪人部隊」
拡声器越しの無機質な声。
空気を平坦に塗り潰す。
「建物は包囲されている」
「人質を解放し、直ちに投降しろ」
建物の奥から、荒れた叫びが返る。
「俺たちは、ただ生きる場所が欲しいだけだ!」
「捕まった仲間を返せ!」
怒号と共に、さらに石が飛ぶ。
窓枠が軋み、壁面が砕ける。
焦燥と恐怖。
わずかな希望。
それらが入り混じった声だった。
だが――
「怪人の権利……くだらん」
低い声が、空気を断ち切る。
音そのものが冷たい刃のようだった。
隊列の前に立つ男。
刀を携え、機械仕掛けのブーツを履く。
――綱。
その視線は、ただ“処理対象”を見るそれだった。
そこに、感情はない。
「状況は」
「石の怪人が数名の人質と籠城中」
「仲間の解放を要求しています」
報告は、最後まで届かない。
綱はすでに視線を外していた。
「交渉は不要だ」
「怪人は排除する」
その一言で、空気が決定された。
「じゃあ~ 僕がやるよ」
背後から、軽い声が滑り込んだ。
隊列の隙間を縫うように現れる。
小柄な男。
――季武。
口元には、場違いなほど柔らかな笑み。
「安心して~ 外さないからさ」
ボンネットにクロスボウを置く。
赤く光る鏃。
カチャ。
矢を静かに取り付ける。
力みはない。
スコープを覗く。
呼吸も、心拍も、揺れない。
割れた窓。
その奥。
わずかに揺れる影。
怪人が、人質を抱えている。
「……ロックオン」
一瞬。
世界が静止した。
ビシュッ――
放たれた矢。
空気を裂き、一直線に窓枠を抜ける。
――屋内――
シュッ――
赤い光が進入してきた。
「きゃっ!」
怪人が咄嗟に人質を盾にする。
その動きは速い。
だが――
シュン――
赤い光が、空中で“折れた”。
曲がる軌道。
人質の頬をかすめる。
ドッ!
怪人の蟀谷を、寸分違わず貫いた。
「がぁ……!」
崩れ落ちる怪人。
床に倒れる。
――屋外――
「当たり~」
したり顔の季武。
「突入」
感情のない号令。
一斉に雪崩れ込む部隊。
悲鳴は、すぐに途切れた。
――数分後。
人質は保護された。
怪人は回収された。
拍手と歓声が湧き上がる。
「さすが光統院!」
「おかげで安心して暮らせるわ」
「やっぱり怪人は悪だ!排除すべきだ!」
白い光が、正しさの象徴のように輝く。
その光は、誰の疑いも許さない。
――群衆の後ろ。
その光景を、ひとりの青年が見つめていた。
怪人が倒れる瞬間。
胸の奥が、ざわついた。
わずかに呼吸が乱れる。
理由の分からない不快感。
何かが内側から軋む。
耳に残っている。
『ただ、生きる場所が欲しい』
その言葉が離れない。
それは本当に悪なのだろうか。
拍手の音が、やけに遠い。
光は、あまりにも強すぎる。
規則正しく並ぶ、巨大な光の鉄塔群。
真っ白に塗り潰された空。
影を許さぬ世界。
ここは――白夜の都。
青年は、まだ知らない。
自分に流れる怪人の血の意味を。
――その血が、何を引き寄せるのかも。




