表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/36

2話【ポスター】

――工場の通路――



「っ……!」


視界が、白く弾けた。


青年は蟀谷を押さえ、その場に膝をつく。


窓から差し込む光は、容赦がない。


昼か、夜か。


もう判別はつかない。


濁った白。


空には、雲も星もない。


ただ――塗り潰されたような光だけが、広がっている。




『また……泣いている……』


声ではない。


それは、直接、脳の奥へと流れ込んでくる。


――助けてくれ。


――壊さないでくれ。


軋む。


引き倒される。


根が、無理やり引き千切られる。


水が濁る臭い。


呼吸が、奪われていく。


それらすべてが重なり、反響し、

鋭い痛みとなって、頭蓋の内側を叩き続ける。




「……もう、分かったから……」


絞り出すような声。


だが――


誰も、何も感じていない。


ガタッ。プシュ。ガタッ。プシュ。


機械は、一定のリズムで唸り続ける。


油の酸化した臭いが、鼻の奥にこびりつく。


強すぎる光が、影を押し潰していた。


そこに、“隠れる余地”はない。


影は小さく、歪み、


まるで存在そのものを否定されているかのように、地面へ縫い付けられている。




「おいっ新入り!邪魔だ!」


怒号が飛ぶ。


「すいません……」


壁に手をついた、その瞬間――


ズンッ。


岩肌を、無理やり削られるような感覚が、頭を貫いた。


遅れてくる痛み。


視界が、揺れる。


それでも、身体を引く。


邪魔にならないように。


壁に沿って、立ち上がる。




そのとき――


指先が、紙に触れた。


視線を向ける。




【怪人を見つけたら、光統院にご一報ください!】




貼り付けられたポスター。


そこには、怪人の絵が描かれていた。


血のように赤い目。


異様に鋭い牙。


獣じみた爪。


誰が見ても恐怖するように――


分かりやすく、歪められた姿。


……自分とは、あまりに違う。


なのに。




「怪人」


その文字だけが、胸の奥を抉った。


一瞬、呼吸が止まる。


肺が、うまく動かない。


――見られている。


そんな錯覚。


ポスターの中の“それ”が、


こちらを知っているかのように。




ビリッ。


衝動が、指先に宿る。


紙が裂ける音が、やけに大きく響いた。


『……ダメだ』


破いた直後、我に返る。


喉が焼けるように熱い。


「す――……は――……す――……は――……」


深呼吸。


無理やり、呼吸を整える。


冷や汗が顎を伝い、床へと落ちた。


『何度目かの転職だ』


拳を握る。


『今度こそ、上手くやらなければ』


――目立たず。


――逆らわず。


――ただ、やり過ごす。


そう決めたはずなのに。


視界の端に残る“怪人”の文字が、

まだ、こちらを見ている。


離れない。


胸の奥で、何かが燻る。


『僕には……もう、頼れる家族はいない』


皆、光の下で奪われた。


思考を、そこで断ち切る。




グシャリ。


破れたポスターを、強く握り潰す。


赤いインクが、汗で滲む。


掌へと、広がっていく。


ぬるりとした感触。


――まるで。


血のように。




その瞬間。


ズキッ。


また、痛みが走る。


違う。


さっきまでのものとは、違う。


もっと、近い。


もっと、生々しい。


掌の奥から――


“何か”が、脈打っている。


ドクン。

ドクン。


……それは本当に、

ただのインクなのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ