1話【怪人】
次、処刑されるのは――僕だ。
ゴン!
石が足元に落ちた。
小さな破片が、裾に当たる。
青年は、手を伸ばす。
ゆっくりと。
砕けた石を掴む。
ドクン。
心臓が、ズレる。
鼓動と鼓動が噛み合わない。
分かっている。
これは、投降じゃない。
――処刑だ。
ドクン、ドクン――歪む。
バリン!
硝子が――内側から弾け飛ぶ。
砕け散った破片と共に、拳大の石塊が白夜へと吐き出された。
「こちらは、光統院・対怪人部隊」
拡声器越しの声は、ひどく平坦だった。
感情が削ぎ落とされた、均一な音。
「建物は包囲されている」
「人質を解放し、直ちに投降しろ」
重い足取り。
群衆に近づく青年。
怪人の砕けた石を握ったまま。
吸い寄せられる。
導かれる。
未来の自分を見るように。
……ズキッ。
頭の奥に、鋭い痛みが走る。
心臓と、鼓動が噛み合わない。
ドクン、ドクン――ズレる。
ざわ……ざわ……
耳鳴りのような違和感。
違う。
これは――音じゃない。
“何か”だ。
どこかで――
何かが、泣いている。
ガン!
ガン!
装甲車の外殻に、容赦なく叩きつけられる石。
鈍い衝撃音が、低く、重く、空気を震わせる。
建物を取り囲む武装部隊。
一糸乱れぬ隊列。
その胸に刻まれたのは――白く輝く紋章。
白夜の象徴。
影を許さぬ、絶対の光。
「……返せよ」
かすれた声が、奥から滲む。
「俺たちの……山を……!」
「掘り返して、焼いて、壊して……ッ」
「まだ奪うのかよ……!」
叫びが、重なる。
「生きる場所を返せ――!」
「仲間を返せ――!」
怒号。
石がさらに飛ぶ。
窓枠が軋み、壁面が砕ける。
焦燥と恐怖。
そして――わずかな希望。
それらが、無秩序に絡み合っていた。
だが。
「怪人の権利……くだらん」
低い声が、すべてを断ち切る。
音そのものが、冷たい刃のようだった。
隊列の前に立つ男。
刀を携え、機械仕掛けのブーツを履く。
――綱。
その視線は、“対象”を見ているだけだった。
そこに感情はない。
あるのは、処理の判断のみ。
「状況は」
「石の怪人が三名の人質と籠城中」
「仲間の解放を要求しています」
報告は、最後まで届かない。
綱はすでに、視線を外していた。
「交渉は不要だ」
「怪人は排除する」
その一言で――すべてが決定された。
「じゃあ~ 僕がやるよ」
背後から、軽い声が滑り込む。
隊列の隙間を縫うように現れた、小柄な男。
――季武。
口元には、場違いなほど柔らかな笑み。
「安心して~ 外さないからさ」
「……人質の呼吸も、邪魔にならないし」
ボンネットにクロスボウを置く。
赤く光る鏃。
カチャ。
静かに矢を番える。
無駄な力みは、一切ない。
スコープを覗くその姿は――
呼吸の延長のようだった。
割れた窓。
その奥。
わずかに揺れる影。
怪人の周りには、後ろ手に縛られた人質。
「……ロックオン」
一瞬。
世界が、止まった。
その静止の中で――
季武だけが、わずかに微笑んでいた。
ビシュッ――
放たれた矢が、空気を裂く。
一直線。
割れた窓の、わずかな隙間を通り抜ける。
――屋内――
シュッ――
赤い光が侵入する。
「きゃっ……!」
人質の女性の腕が、強引に掴まれる。
怪人が咄嗟に人質を盾にする。
射線を切る。
速い。
確実な判断。
だが――
シュン――
赤い光が、“折れた”。
空中で、軌道が変わる。
滑るように。
意思を持つかのように。
人質の頬を、かすめ――
ドッ!
怪人の蟀谷を、寸分違わず貫いた。
「が……ぁ……」
崩れ落ちる。
身体が、鈍い音を立てて床に倒れた。
動かない。
――屋外――
「当たり~」
季武が、軽く肩をすくめる。
「突入!」
感情のない号令。
一斉に、部隊が雪崩れ込む。
悲鳴は――すぐに途切れた。
――数分後――
人質は保護された。
怪人は回収された。
そして――
拍手。
歓声。
「さすが光統院!」
「これでまた安心して眠れるわ!」
「やっぱり怪人は悪だ!排除すべきだ!」
「……よかった」
「また“白く”なった……」
白い光が、すべてを照らしている。
それは、正しさの象徴のように輝いていた。
その光は、疑いを許さない。
――いや。
誰も、疑おうとすらしない。
疑うという発想そのものが、
最初から奪われているかのように。
――群衆の後ろ。
その光景を、青年も見ていた。
怪人が回収される瞬間。
胸の奥が、ざわつく。
手に持つ、砕けた石を見つめる。
まるで――
怪人の砕かれた"意志"。
何もできない、自分に憤る。
呼吸が、わずかに乱れる。
理由の分からない不快感。
内側から軋む、何か。
耳に残っている。
『……生きる場所を返せ……』
その言葉が、離れない。
それは、本当に悪なのだろうか。
拍手の音が、遠い。
水の中に沈んだように、ぼやけていく。
光が――強すぎる。
視界の端が、白く滲む。
空を見上げる。
規則正しく並ぶ、巨大な光の鉄塔群。
真っ白に塗り潰された空。
影を許さぬ世界。
ここは――白夜の都。
青年の影が、
白夜に抗うように、大きく揺らいだ。
その影の奥底から、こちらを覗き見る常闇。
――それは、まだ始まったばかりだった。




