第1章【偽りの日常】2話【一輪の花】
――作業場
「違うっ!そうじゃないっ!何度言ったら分かるんだっ!」
金属音に混じって、上司の怒号が作業場に響き渡った。
青年を逃がさないかのように、天井から降り注ぐ白い光は今日も容赦がない。
影を許さないほど強い光が、作業台の上も、人の表情も、全てを平等に照らし出していた。
ここに来て約1年……。
彼なりに努力はしてきた。
誰よりも早く出勤し、誰よりも遅くまで残り、メモ帳に手順を書き込み、何度も頭の中で繰り返した。
それでも―― 。
何度やっても、上手くいかない。
キュィーン。
モーターの甲高い回転音が耳に刺さる。
ブォーン。
電力が流れる低い振動音が、足元から体を伝ってくる。
僅かな機械音のはずなのに、焦れば焦るほど思考を掻き乱し、集中力を奪っていく。
その結果―― 。
手に持った機械工具の先端が、行き場を失ったように宙を泳いだ。
『クソッ……』
小さく歯を食いしばる。
震える手が、言うことを聞かない。
「だからっ!そうじゃないって言ってるだろっ!」
上司の声がさらに強くなる。
周囲の空気が冷たくなるのが分かった。
ちらちらと向けられる視線。
呆れ、苛立ち、軽蔑。
誰もそれを隠そうともしない。
キーン。コーン。
休憩の鐘が鳴る。
上司は舌打ちを残し、ぶつぶつと文句を言ってその場を離れた。
「朔夜~。お前は、ほんとトロいな~」
隣で作業していた同僚が、軽い調子で言う。
「それ、新人が初日にやる仕事だろ」
もう一人が笑い声を漏らした。
朔夜は何も言い返さない。
コトッ。
機械工具を静かに作業台へ置く。
その音だけが、やけに大きく響いた。
黙ったまま立ち上がると、誰とも目を合わせず作業場を後にした。
向かう先は決まっている。
――屋上
屋上へ来るようになったのには理由がある。
最近見つけた、唯一落ち着ける場所。
配管の隙間にできた僅かな土の割れ目。
そこから一輪の花が咲いていた。
朔夜は、その花の横に静かに腰を下ろす。
白夜の強すぎる光に晒され、花弁はどこか疲れているように見えた。
それでも、折れずに咲いている。
指先でそっと触れる。
柔らかい花の匂いが、鼻腔に残った機械油の臭いを浄化する。
その瞬間だけ、機械音も、人の視線も、遠ざかる気がした。
「また……クビかな……」
問いかけるように呟く。 花は何も答えない。
それでも、誰かに聞いてほしかった。
『どうして……僕は……』
喉の奥が詰まる。
涙が溢れないよう、無理に顔を上げた。
視線の先には、白い光を放つ巨大な鉄塔が幾つもそびえている。
規則正しく並び、都全体を照らし続ける光の柱。
まるで、世界そのものを監視しているかのように、無機質な輝きを放っていた。
――作業場
休憩時間が終わる。
重たい足取りで席に戻る朔夜。
胸の奥のざわつきは消えないままだった。
ガタッ。プシュ。ガタッ。プシュ。
再び始まる機械音。
『……』
気持ちの切り替えができない朔夜。
機械工具を持つ手が、動かない。
その時――。
コツッ。
コツッ。
静かな足音が、朔夜の作業台へと近づいてきた。
周囲がわずかにざわつく。
視線が一斉に、ある一点へ集まる気配。
「反思想の小娘だ……」
誰かが小さく吐き捨てた。




