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処刑の光でも死ななかった僕は、“境界”になった ――排除される側だった僕は、光に支配された世界を書き換える。  作者: もろ犬
第4章【白夜の外】

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1話【逢魔時】

ブロブロブロブロ――


低く唸るエンジン音が、トラックの骨組みを震わせる。


振動が床から足裏へ伝わり、心臓の鼓動と重なった。


白い街並みが、風のように後方へ流れていく。




「くそっ! しつけー奴等だ!」


一鉄がサイドミラーを睨む。


そこに映る赤色灯。


規則正しく回転するその光は、まるで白夜の都そのもののように冷酷だった。


逃がさない。


どこまでも追ってくる。


そんな執念すら感じる。




「あそこの高速道路に入って」


雫が短く告げた。


一鉄は躊躇なくハンドルを切る。


バキンッ!


料金所のバーがへし折れ、白い破片が宙を舞った。


トラックがそのまま突破する。


続いて――


ファン。ファン。ファン。


装甲車も迷いなくゲートを突き破ってきた。




「一鉄さん。飲み物ありませんか?」


緊迫した空気の中、雫が唐突に言った。


「寝台のリュックの中だ!」


怒鳴り返しながら、一鉄はさらにアクセルを踏み込む。


エンジンが唸る。


車体が激しく揺れた。


朔夜は踏ん張りながらリュックに手を伸ばす。


揺れる車内。


倒れそうになりながらも、ペットボトルを掴み、前へ差し出す。




「ありがとう」


雫は受け取ると、躊躇なく一気に飲み干した。


ごく、ごく、と喉が鳴る。


まるで身体に、水を溜め込むように。


空になったボトルを紡へ渡し、艶やかな黒髪を後ろで束ねる。


それだけで――空気が変わった。




ガコンッ。


助手席の窓が開く。


ゴォォォッ――!


猛烈な風が、一気に車内へ流れ込んだ。


紡の黒茶色の髪が大きく舞う。


服がはためく。


視界が乱れる。




「何するの!?」


紡が目を細め叫ぶ。


だが、その声さえ風に千切られていく。


「大丈夫だから」


雫は短く返した。


そして、そのまま上半身を窓の外へ乗り出す。


風圧で身体が持っていかれそうになる。


それでも目は逸らさない。


指で円を作る。


その中心へ、先頭の装甲車を収めた。




「――霧雨」


ブワッ――!!


一瞬で、高速道路の後方が白く塗り潰された。


霧。


いや――雨粒を含んだ、濃密な白。


視界そのものが喰われる。




キキィィィ――!!


急ブレーキの悲鳴。


濡れた路面。


奪われた視界。


ドカンッ!

ドドンッ!


追突音が連鎖する。


赤色灯だけが霧の中で狂ったように回転し――やがて、それすら見えなくなった。




雫が車内へ戻る。


息を整えながら、シートへ身体を預けた。


「どう?」


掠れた声。


疲労は滲んでいる。


だが、その口元にはかすかな自信が浮かんでいた。




「すげぇ! やるじゃねぇか!」


一鉄が叫ぶ。


サイドミラーには、霧の中で立ち往生する車列が映っていた。


「このまま進めば、今は使われていない第9輸送道に繋がるわ」


雫が続ける。


「鉄塔の光が届かない場所まで行けば、光統院も簡単には追ってこれないはずよ」


その声は冷静だった。


恐怖も、興奮も表へ出さない。


ただ、生き延びるために必要なことだけを告げる。


トラックは走る。


白夜の都を背にして。


光に塗り潰された街から、離れていく。




――光統院・本部――




「目標を確認」


白夜境界線で、

魍魎警備をしていた、対魍魎部隊から通信が入る。


「彼らに見つからないように、そのまま通してください」


頼光は淡々と答えた。


「……本当に良いのか?」


隣に座る対魍魎部隊隊長が、怪訝な顔を向ける。


頼光は、薄く笑った。


「えぇ。何処へ向かうのかは知りませんが――」


目を細める。


「闇夜で、人間がどれだけ生き残れるのか……少し興味がありますので」




――白夜の外――




どれほど走っただろう。


やがて、遠くの鉄塔群が小さくなっていく。


空にも、変化が生まれていた。


白濁した空の端。


そこへ、かすかな橙色が滲み始める。


白夜の都では、決して見えなかった色。




「白夜境界線に……魍魎警備が見当たらなかったわ……」


雫が小さく呟く。


何かが引っ掛かっている。


「無事に通れたなら良いじゃねぇか」


一鉄は気にした様子もない。


「ねぇ……あれ」


紡が、ぽつりと呟いた。




指差す先。


水平線まで伸びる輸送道の向こう。


そこにあったのは――

赤く滲む太陽。


白夜の都では、強すぎる人工光に掻き消されていた色。


本物の夕焼け。


雲が焼ける。


空が溶ける。


橙が、赤が、紫が、静かに混ざり合っていく。


あまりにも綺麗で。


あまりにも遠い。


誰も、すぐには言葉を発せなかった。


ただ、見ていた。


失われていたものを、ようやく思い出したように。




ドドド……


追手がいないことを確認し、一鉄はゆっくりとエンジンを切った。


重い唸りが止む。


急に訪れる静寂。


耳が、かえって痛いほどだった。


ドアを開ける。


外の風が流れ込む。


冷たい。


だが、白夜の都の人工的な冷たさとは違う。


どこか柔らかい。


生きている風だった。




四人はトラックから降りる。


最初に感じたのは――静けさ。


風の音しかない。


いや。


それすら、おかしい。


虫の羽音も。


鳥の鳴き声も。


草を揺らす、小さな命の気配すらない。


何も、聞こえない。


紡が小さく息を呑む。


そして、次に気付いた。


空気が重い。


淀んでいる。


肺の奥へ、鈍く沈むような感覚。


上ばかり見ていた四人は、ゆっくりと視線を下ろした。




盛土の上の輸送道。


そこから周囲を見渡す。


――壊れていた。


採掘の大穴が、いくつも大地に口を開けている。


禿げ山は無残に削られ、地層が剥き出しになっていた。


川は茶色く濁り、泡立ち、流れるというより腐っているように淀んでいる。


草木は痩せ細り、色を失い、大地そのものが疲れ果てていた。


死んでいる。


自然が、完全に搾り取られていた。




「……っ」


朔夜が、こめかみを押さえる。


頭の奥へ、声が刺さった。


悲鳴。


叫び。


言葉にならない苦痛の奔流。


耳ではない。


身体の奥へ、直接流し込まれてくるような感覚。


大地そのものが、泣いている。


同じものを、雫も感じていた。


顔をしかめる。


切れ長の目を静かに伏せた。




「白夜を維持するために……」


雫が小さく呟く。


「外を削り続けてるのよ」


吐き捨てるでもなく。


だが、確かな嫌悪が滲んでいた。


「そんな……」


紡が小さな手で口元を押さえる。




美しい空。


壊れた大地。


その落差が、あまりにも残酷だった。


沈みゆく夕日が、世界を赤く染めていく。


まるで――血のように。




やがて、橙の空に黒が混ざり始める。


色と色の境界が曖昧になる。


昼でもない。


夜でもない。


何かが切り替わる、わずかな狭間。


――逢魔時。


昼と夜の境界。


人ならざるものが、最も濃くなる刻。


風が、止まる。


空気が沈む。


沈黙。


嫌な静けさが、じわじわと肌へ貼りついていく。


――来る。




グギギ……


闇の奥から、何かが這い出してきた。


影のような塊。


地面と溶け合う黒。


輪郭は定まらない。


だが――確かに、“そこに在る”。


都で遭遇した魍魎とは、明らかに違っていた。


薄くない。


ぼやけてもいない。


濃い。


重い。


そして――禍々しい。


まるで、闇そのものが意思を持って這い出してきたようだった。




白夜の外。


本来、排除されることのなかった夜。


守る鉄塔もない。


届く光もない。


光統院もいない。


ここでは、誰も夜を消してくれない。


魍魎が、現れる。


本来の“夜”が、始まる。


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