第24話 破門通告と、戻る理由
「次期聖女候補の偽装、そして教会権威に対する反逆。これらの罪状により、リリアナ・セレストを異端として公開大審問にかけ、永久破門を申し渡す」
王都の中央大聖堂から遣わされた使者の声は、一切の感情を交えず、ただ事務的に私の存在を教会から消し去ろうとしていた。
教会を出るということは、私がこれまで寄り添ってきた「聖女」という居場所を、永遠に失うことを意味していた。
白い祈祷室の冷たい扉越しに告げられた、破門予告。
それは、私が王国中のどの礼拝堂にも立ち入れなくなり、孤児院の子供たちに触れることも、治癒を施すことも許されなくなるという、聖女としての事実上の死刑宣告だった。
(……聖女でなくなる)
冷たい大理石の床に膝をつき、私は自分自身の震える指先を見つめた。
幼い頃から、祈ることしか取り柄がなかった私だ。
聖女という肩書きを失えば、私には何が残るのだろう。
もう二度と、あの温かい毛布にくるまる子供たちの寝顔を見ることも、痛みに泣く人の手を握ることもできないのか。
そう考えると、息が詰まるほどの重圧と恐怖が胸を締め付けた。
同じ頃、カイ様は王都の隠れ家で、私をこの大聖堂から強引に救出するための算段を立てていたはずだ。
彼の手元には、辺境から届いた決定的な裏帳簿や証言が揃っている。王国監査院のエルネスト様も動いている。
それらを盾にして、私を安全な辺境へ連れ帰ることだけを考えれば、カイ様の有能さなら十分に可能なことだった。
でも。
私は、膝をついたまま、昨日この部屋で一緒に床を拭いてくれた下働きの少女の顔を思い浮かべていた。
『話したくても、ずっと怖くて話せなかった』と震えながら真実を教えてくれた彼女の勇気。
そして、辺境で私を信じて立ち上がってくれた、ノーマ修道女やセラフィーナ様、あの母親たちの顔を。
私がここでカイ様に助け出されて逃げ帰れば、私は安全かもしれない。
でも、王都の闇の中に隠された『本当の台帳』は、永遠に闇に葬られてしまう。
大司教様の権威は揺るがず、また新たな誰かが、教会の維持費や光の粉のために、命の順番を奪われ、雨漏りのする部屋で震えることになるのだ。
「……お断りします」
私は、扉の向こうにいる使者に向かって、はっきりと告げた。
「な、なんだと……!? 異端として破門されればどうなるか、わかっているのか!」
「わかっています。教会を出れば、私は聖女ではなくなる。治癒院にも、孤児院にも入れなくなる」
私は立ち上がり、冷たい金属の扉に手を触れた。
「でも、私が聖女でいたいのは、教会の権威に守られたいからではありません」
聖女という立派な肩書きが欲しかったわけじゃない。
私が守りたかったのは、私が触れた『祈り』の持ち主たちだ。
「私は、聖女という名前でいたいから残るのではありません。今もどこかで祈っている人たちを、置いていきたくないから、戻るのです」
たとえ破門されようと、名前を奪われようと。
私に見つけてもらうのを待っている痛みが、まだこの教会のどこかに隠されているなら。
私は自分の足で、あの大聖堂の奥深くへと踏み込んでいかなければならない。
彼らの痛みを、決して『なかったこと』にはしないと決めたのだから。
その数時間後。
カイ様が待機する隠れ家の執務室に、一人の男が滑り込んできた。
カイ様が放っていた密偵が、私の『拒絶』の意志を記した短い書簡を持ち帰ってきたのだ。
カイ様は、その書簡に目を通し、深く息を吐き出した。
そこに記されていたのは、『助けてほしい』という悲鳴ではなく、『隠された台帳を見つけるまで、私はここを動きません』という、あまりにも頑固で無謀な決意だった。
「……本当に、計算を狂わせてくれる」
カイ様は、用意していた『強行救出ルート』の図面を、呆れたように手で払いのけた。
私が自らの足で大聖堂の深部へ向かおうとしている以上、彼が私を強引に連れ出すことは、私の覚悟を否定することになる。
私が証拠を見つけ出すまで持ち堪えると決めたのなら、彼が為すべきことは、私を安全圏へ逃がすことではない。
「予定を変更します」
カイ様は、集まった部下たちと、同席していた王国監査院の文官たちに向けて、鋭く冷徹な声を響かせた。
「彼女は逃げない。自らの足で、敵の最も深い懐へ向かうことを選んだ。ならば、我々が用意すべきは退路ではない。彼女が見つけ出した証拠を、王国法という最強の剣で大司教の喉元へ突きつけるための、完全な包囲網です」
それは、私をただ庇護するのではなく、私の無謀な選択を尊重し、対等なバディとして『共に戦う』ことを選んだカイ様の、静かで熱い決断だった。
彼が私を信じ、私の作る入り口を待ってくれている。
その信頼の気配は、遠く離れた白い部屋にいる私にも、確かな熱を持って伝わってくるようだった。
「エルネスト院長への最終確認を急げ。大司教が公開大審問を開くというのなら、好都合だ。我々は、その舞台を完全に差し押さえる」
カイ様の指示が飛び交う中、私は白い部屋の扉が開くのを静かに待っていた。
聖女という名前を捨ててでも。
私は、自分の足で戻ることを選んだのだ。




