第23話 辺境から届く反撃
私が王都の祈りのない白い部屋に閉じ込められ、たった一人で絶望と戦っていたその頃。
私を信じてくれた人々の祈りは、冷たい風の吹く辺境の地で、決して消えることのない反撃の炎となって燃え上がっていた。
「……これだけは、絶対に中央の連中に渡してなるものですか」
雪深いレイゼル辺境伯領。
辺境礼拝堂に併設された孤児院の裏手で、ノーマ修道女は煤で顔を汚しながら、古い木箱の底から一冊の古びた台帳を引っ張り出していた。
それは、中央からの使者が「古い記録は焼却処分するように」と命じてきた、過去の孤児院の予算使途がすべて記された『本物の台帳』だった。
彼女は、カイ様から秘密裏に遣わされた辺境伯の騎士に、その台帳を両手でしっかりと手渡した。
「リリアナ様は、この手で子供たちに温かい毛布を届けてくださいました。今度は、私たちが彼女を、あの子たちの未来を守る番です」
同じ頃、辺境の広場。
かつて高熱の子供を抱きしめ、冷たい地面で絶望の涙を流していたあの母親が、辺境伯家の文官の前に進み出ていた。
「私の証言で、あの方の無実が証明されるのなら、何度でも、何百回でも証言台に立ちます!」
彼女の手には、ヴィクトル司教の不正な『治癒優先券』の控えがしっかりと握られている。
周囲には、彼女と同じように優先券を買わされ、痛みに耐えていた平民たちが次々と名乗りを上げ、自らの証言を記録してほしいと文官の前に長蛇の列を作っていた。
そして、辺境伯家の執務館。
証言の記録整理を任されていたセラフィーナ・ローゼは、中央教会の紋章が入った重厚な裏帳簿を、カイ様の部下へと差し出していた。
「これが、演出司祭が隠し持っていた『光の粉』の購入ルートと、資金還流のすべてが記された本当の裏帳簿よ。……彼女が私にやり直す機会をくれたから、私はもう、作られた光なんかに頼らないわ」
彼女の瞳は、もう怯えてはいなかった。
自らの過ちを清算し、前を向いて歩き出すための強い光が宿っている。
孤児院の修道女。
平民の母親。
そして、かつて敵だった偽聖女。
私がこの辺境で拾い上げ、共に痛みを分かち合った人々が。
今度は私を助けるために、そして自分たちの尊厳を取り戻すために、自らの意志で立ち上がり、中央教会の巨大な権威に向かって反旗を翻していたのだ。
一方、王都の隠れ家。
カイ様は、辺境から次々と送られてくる『本物の証拠』の束を机に積み上げながら、一通の返書に目を通していた。
それは、彼が裏で密かに連絡を取っていた、ある人物からの書簡だ。
『辺境伯家からの正式な要請、確かに受理した。これより王国監査院は、本件を国家規模の重大事案として取り扱う』
書簡の末尾に記された、力強く角張った署名。
エルネスト・グレイ。
王国監査院の頂点に立つ男であり、かつてカイ様の上司として、彼に冷徹な監査のすべてを叩き込んだ『執行者』の名だった。
「……役者は揃いましたね」
カイ様は、その書簡を大切に懐へとしまい込んだ。
辺境からの揺るぎない証拠。それを法的に裁く王国監査院の力。そして、彼自身の緻密な制度設計。
中央教会がどれほど嘘の帳簿を捏造しようとも、もはや物理的に逃げ切れない完全な包囲網が、水面下で完成しようとしていた。
あとは、あの白い部屋で耐えている彼女を迎えに行き、大聖堂の扉をこじ開けるだけだ。
だが、教会の頂点に立つ黒幕も、黙って反撃を待つほど甘い相手ではなかった。
中央大聖堂、大司教執務室。
マティアス大司教は、辺境から届く不穏な報告書の数々を、相変わらずの穏やかな微笑みを浮かべたまま暖炉の火へとくべていた。
「どうやら、辺境の監査官殿は、私が想像していたよりもずっと優秀で……そして、厄介な男のようですね」
彼は、燃え上がる羊皮紙の灰を見つめながら、静かに呟いた。
「あの娘がこれ以上、私の美しい箱庭に『祈り』という名の不純物を持ち込む前に、完全な形で排除しなければなりませんね」
大司教は傍らに控える高位神官へと向き直り、極めて慈悲深く、そして決定的な一言を下した。
「準備を進めなさい。これより、リリアナ・セレストを異端として永久に破門するための、民衆を交えた『公開大審問』を開催します」
それは、水面下で進む私たちの反撃を完全に潰すための、黒幕からの最後にして最大の宣戦布告だった。
逃げ場のない大聖堂という舞台で、すべてが決する。
王都の空は、嵐の前触れのように、ひどく重く、冷たく淀んでいた。




