第17話 敵にされた少女を、味方にする
中央教会によって見捨てられ、すべての罪を被せられた演出司祭と聖具商人が、青ざめた顔で冷たい床に膝をついている。
彼らがしがみついていた権威という名のメッキは、冷徹な帳簿の数字の前に完全に剥がれ落ちていた。
レイゼル辺境伯家が主催する厳格な審理の場で、彼らの罪が今、白日の下に晒され、裁かれようとしていたのだ。
数日前、王都の中央教会から届いた一通の通達。
それは、孤児院の修繕費を横領して『光の粉』による奇跡を演出していた件について、次期聖女候補であるセラフィーナの関与を完全に否定し、「一部の腐敗した司祭による単独の犯行」として処理するという、強引極まりないトカゲの尻尾切りだった。
切り捨てられた演出司祭と聖具商人には、もはや庇ってくれる後ろ盾は何もない。
「孤児院の修繕費として計上された王国救恤金、金貨千枚の流用。ならびに、特殊な鉱石と薬草の粉末を用いた詐欺行為。証拠はすべて揃っています」
カイ様は、彼らの前に分厚い台帳と、押収された光の粉が詰まった木箱を冷然と突きつけた。
もはや言い逃れができる状況ではない。
二人はぶるぶると震えながら、ただ絶望に顔を歪めることしかできなかった。
「あなた方の身柄は、これより王国監査院へと引き渡します。中央教会があなた方を切り捨てた以上、王国の法による裁きから逃れる術はありません」
カイ様の氷のような宣告が、広間に響き渡る。
これで、莫大な金貨を浪費して作られていた偽りの奇跡のシステムは完全に崩壊し、あの雨漏りのする孤児院から屋根を奪った者たちへの正当な裁きが下されたのだ。
「そして、次期聖女候補セラフィーナ・ローゼ」
カイ様の鋭い灰色の瞳が、部屋の隅で静かに立っていたセラフィーナへと向けられた。
中央教会が彼女の関与を『なかったこと』にしたのは、教会の面子を保つためだけでなく、不都合な真実を知る彼女を、いつでも闇に葬れるようにするためでもあるはずだ。
今の彼女は、王都の巨大な権力から孤立し、命すら狙われかねない非常に危うい立場にあった。
「中央教会はあなたの関与を否定しましたが、当領はあなたを本件の『最重要証人』と認定します」
カイ様の声は、どこまでも事務的で、感情の欠落した響きを持っていた。
しかし、その言葉の裏にある意図を、私ははっきりと理解していた。
「よって、王国監査院の調査が完全に終了するまで、レイゼル辺境伯家の権限において、あなたの身柄を厳重に保護します。何人たりとも、当領の許可なくあなたに触れることは許されません」
それは、ただの役人としての決定ではない。
私が『助けたい』と願った一人の怯える少女を、彼が持つ最大の武器である『制度と法』という最強の盾を用いて、中央教会の毒牙から完全に守り抜くという宣言だった。
「……カイ・ヴァレンティス様。そして、リリアナ様」
静寂の中、セラフィーナが一歩前へと歩み出た。
彼女が着ているのは、あの見せかけの奇跡を演じていた時の華美な純白のドレスではない。
装飾の一切ない、質素で地味な修道服だった。
けれど、私の前に立った彼女の姿は、以前よりもずっと透き通って、美しく見えた。
レースの手袋を外した彼女の指先は、もう、微かにも震えてはいなかった。
「私が証言します。彼らがどのように孤児院の予算を奪い、光の粉を買い付け、私に偽りの奇跡を演じさせたのか。そのすべての手口と、中央教会の指示について」
「き、貴様……っ! 恩知らずな偽聖女め!」
膝をついていた演出司祭が、憎悪に満ちた目で彼女を睨みつけ、唾を飛ばして怒鳴り声を上げた。
「自分だけ助かろうというのか! お前も共犯だろうが!」
その罵声に対し、セラフィーナは怯むことなく、凛と顔を上げて彼を見下ろした。
「ええ、私は偽聖女よ。教会の権威にすがりつき、自分の弱さを隠すために平民を騙した、最低の共犯者だわ」
彼女の高く澄んだ声には、かつての張り詰めたような恐怖の響きはない。
自らの罪を真正面から受け止め、前に進もうとする確かな強さがあった。
「でも、私はもう、作られた光の中で震えたりはしない。私が奪ってしまった屋根を子供たちに返すために、すべてを話すわ。……それが、私に与えられた『償いの仕事』だから」
彼女はそう言い切ると、私の方を向いて、ほんの少しだけ照れくさそうに、柔らかく微笑んだ。
私は胸が熱くなり、力強く頷き返した。
ただ証拠を突きつけて彼女を追い詰めていれば、彼女は心が壊れ、ここまで強い証人にはなってくれなかっただろう。
敵として現れた高慢な少女が、今は自分の足で立ち、同じ過ちを正すための心強い味方として、私たちの隣に並び立ってくれているのだ。
演出司祭と聖具商人の身柄が拘束され、審理が完全に決着した後のこと。
私はカイ様とともに、辺境伯家の長く冷たい廊下を執務室へと向かって歩いていた。
「……どうやら、私の計算に狂いが生じていたようです」
前を歩いていたカイ様が、ポツリと呟いた。
「計算、ですか?」
「私は彼女を、少し脅せば証言を引き出せる、ただの便利な駒としか見ていなかった」
カイ様は立ち止まり、振り返って私を見下ろした。
その灰色の瞳には、冷徹な監査官としての理知的な光だけでなく、静かな感嘆の色が混じっているように見えた。
「しかし、あなたが彼女の心に寄り添い、償う時間を与えたことで……結果として彼女は、いかなる脅しにも屈しない、誰よりも強固な意志を持つ証人へと変わった。私の冷徹なやり方だけでは、決して得られなかった結果です」
カイ様の言葉に、私は少しだけ目を見開いた。
彼は、私が感情で動いたことを「甘い」と切り捨てるのではなく、自分に欠けているものを補う確かな結果として、正当に評価してくれているのだ。
「あなたは……敵を増やすのが下手ですね」
カイ様は、まるで珍しい生き物でも観察するような目で私を見て、ふっと小さく息を吐いた。
「そんなことはありません」
私は首を横に振った。
「現に、こうして王都の中央教会という、とても大きな敵を作ってしまいましたから」
「私が言っているのは、そういうことではありませんよ」
カイ様は呆れたように目を伏せた。
「私はただ……」
私は、広場でのセラフィーナの晴れやかな横顔を思い出しながら、真っ直ぐな気持ちを口にした。
「味方にできる人まで、敵のままにしたくないだけです」
許すことと、罪をなかったことにするのは違う。
けれど、償う意志があるのなら、何度だってやり直せるはずだ。
誰も彼もを疑い、切り捨てていけば、最後にはたった独りぼっちになってしまうから。
私の言葉を聞いたカイ様は、静かな廊下でしばらく沈黙し、やがてわずかに口角を上げた。
「……厄介な人だ」
短くこぼれ落ちたその一言には、いつもの皮肉めいた冷たさは一切なかった。
むしろ、私のどうしようもない善性を、ただの「甘い弱点」としてではなく、この理不尽な世界を変えうる「力」として認めてくれているような、不器用で確かな温かさが滲んでいた。
胸の奥がじんわりと温かくなり、私はカイ様の隣に並んで歩幅を合わせた。
互いの欠けた部分を埋め合うようにして、私たちは執務室の重い扉を押し開けた。
だが、部屋に入った瞬間、その温かな空気は冷たく凍りついた。
カイ様の執務机のど真ん中に、見慣れない一通の分厚い封書が置かれていたのだ。
上質な白い羊皮紙。そして、それを封じているのは、中央教会の『異端審問局』を示す、禍々しい血のような赤色の蝋印だった。




