表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/36

第15話 光の粉に変えられた屋根

セラフィーナの奇跡の演出に使われていた、反射石や発光性薬草の莫大な購入記録。

その不自然な資金の出所を追っていたカイ様の指先が、ある帳簿のページでピタリと止まった。

彼の灰色の瞳に、獲物の急所を捉えたような冷たい光が宿る。




「……なるほど。やはり、そういうことですか」


辺境伯家の執務室。

沈黙を破ったカイ様は、手元にあった二つの異なる台帳を、私の前で並べるようにして突き合わせた。


「カイ様、これは……?」


「左が、中央教会・演出局の購入記録。右が、この辺境領を含めた『地方孤児院の修繕費』の予算台帳です」


カイ様の長い指が、それぞれの台帳に記された数字を交互に叩く。


「日付と、引き出された額を見てください。演出局が反射石と薬草の粉末を大量に買い付けた日と、孤児院の屋根や壁を直すための修繕費が『特別執行』という名目で中央の金庫から引き出された日が、完全に一致しています。額も、金貨千枚でまったく同じです」


私は息を呑み、二つの台帳の数字を食い入るように見つめた。

最近になって、ようやく『日付』と『数字』の繋がりが少しずつ読めるようになってきた私の目にも、その露骨な資金の移動は明らかだった。


「修繕費が……奇跡の演出のために、流用されていたのですか?」


「ええ。孤児院の子供たちが雨風を凌ぐための金が、次期聖女を飾り立てるための光の粉に化けたというわけです」


カイ様の声は極めて冷静だったが、その奥には、明確な怒りのようなものが冷たく燃えているように感じられた。

彼もまた、弱者から奪うという行為を、決して許さない人だ。


「この決定的な物証があれば、もう誰も言い逃れはできません。セラフィーナを強引に証人にする必要もなくなった。中央の演出局を、この帳簿で直接叩き潰せます」


カイ様と私は顔を見合わせ、深く頷き合った。

私が見つけた入り口から、彼が完璧な出口の扉を開いた瞬間だった。




数日後。

広場の特設天幕の裏側にある、中央神官たちの控室。

私はカイ様とともに、セラフィーナの演出を取り仕切っている中央教会の演出司祭の前に立っていた。


「……辺境の役人が、我々中央の儀式に何の文句があるというのだ。この美しき奇跡が、どれほど多くの民の心を救っているか、理解できないのか?」


恰幅の良い演出司祭は、不満げに鼻を鳴らした。

彼の背後では、次回の演出のために用意された小道具の木箱がいくつも積まれている。


カイ様は、そんな彼の言い草を鼻で笑うこともなく、ただ事務的に、しかし絶対的な重みを持って台帳を開いた。


「文句ではなく、監査の報告です。この演出一回にかかる費用は、金貨千枚」


「……っ」


演出司祭の表情が、わずかに強張る。


「金貨千枚。それは、辺境にある礼拝堂や孤児院の屋根を、三年間にわたって修繕し、雨風から守ることができる額です」


カイ様の言葉に、私の脳裏にあの日の光景が鮮明に蘇る。

隙間風が吹き込み、雨漏りのする冷たい部屋で、薄い毛布にくるまってガタガタと震えていた子供たちの姿が。


「あなた方が、空へ向けて撒き散らしたあの一瞬の光の粉。それは、雨漏りの下で眠るしかなかった子供たちの、三年分の夜です」


カイ様は、冷たい灰色の瞳で演出司祭を真っ直ぐに射抜いた。


「司祭殿。あなた方は、子供たちが雨風を凌ぐための屋根を奪い、それをただの光の粉に変えて使い潰したのです」


見事なまでの、帳簿の数字から人間の痛みへの変換だった。

抽象的な金貨の額ではなく、「奪われた屋根」と「雨漏りの下で眠る子供たち」という具体的な痛みを名指しで突きつけられ、演出司祭の顔から完全に余裕が消え失せた。


「そ、そんな……私はただ、上からの指示で……! 修繕費だなどとは、知らなかったのだ!」


演出司祭は青ざめ、後ずさるようにして壁に背を預けた。

先日のヴィクトル司教と同じ、醜い言い逃れ。

だが、その見苦しい姿を見下ろしながら、カイ様はさらに冷酷な最後の一撃を用意していた。




「上からの指示、ですか」


カイ様は台帳のページを一枚めくり、そこに挟み込まれていた『特別執行』の指示書の写しを、演出司祭の目の前に突きつけた。


「ええ。確かに、修繕費を演出局へ回すようにというこの指示書には、あなたではない、別の人間の署名がありますね」


カイ様の言葉に、私も思わずその指示書を覗き込んだ。

そして、その端に記された流麗で、見覚えのある署名を見た瞬間、心臓が冷たく跳ね上がるのを感じた。


(この署名……)


「知らなかった、で済む話ではありませんよ、司祭殿。あなたは、この署名の意味を理解した上で、子供たちの屋根を光の粉に変えた共犯者なのだから」


カイ様が、冷たい声で宣告する。

私もカイ様と顔を見合わせ、その署名が持つ恐ろしい意味を共有した。


私たちの戦いは、単なる末端の横領や、現場の司教の不正だけでは終わらない。

この一本の線は、間違いなく、中央教会の最も深く、最も暗い場所へと繋がっている。


指示書の隅に記されていたのは。

あの穏やかな微笑みで私を辺境へ追放した、マティアス大司教の署名だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ