第12話 輝く次期聖女の震える手
空から降り注ぐ金色の光の粒が、広場に集まった人々の頭上に雪のように舞い落ちていく。
その神々しくも圧倒的な『奇跡』を前に、人々は歓喜の声を上げ、あるいは感極まってその場に泣き崩れていた。
だが、そのあまりにも出来すぎた華やかな光景の中で、私は奇跡を施す美しい少女の指先に、奇妙な綻びを見つけてしまった。
王都で華々しく発表された次期聖女候補、セラフィーナ・ローゼ。
彼女は、視察と称して大勢の中央神官や貴族の信者たちを引き連れ、この雪深い辺境の地へとやって来た。
辺境伯領の広場に特設された豪華な天幕の下。
透き通るような金髪を複雑に結い上げ、純白のドレスのような聖女服に身を包んだセラフィーナは、まるで絵画から抜け出してきた女神のようだった。
「女神の祝福を、皆様に」
彼女が両手を広げて祈りの言葉を紡ぐと、空気が震え、眩いほどの金色の光が広場全体を包み込んだ。
それは、痛みに苦しむ患者の身体に直接触れ、自分の魔力を削って少しずつ命を繋ぐことしかできない私とは、あまりにも対照的な『奇跡』だった。
光を浴びた人々の身体から、古傷の痛みが消え、長年の持病が軽くなったという声が次々と上がる。
「おお、なんという奇跡だ!」「真の聖女様だ!」と、人々は熱狂的に彼女を讃え、貴族たちは我先にと多額の金貨が入った寄付袋を神官たちに手渡していた。
(あんなにも広範囲に、しかも一度に大勢の人を癒せるなんて……)
私は、群衆の最後尾でその光景を呆然と見つめていた。
彼女の放つ光は、私とは比べ物にならないほど強大で、華やかだ。
「無能聖女」と呼ばれて追放された自分と、今まさに人々の希望として輝く彼女。
そのあまりの差に、私は思わず自分の地味な修道服の裾をぎゅっと握りしめ、気後れから小さくため息をついた。
「あら。こんなところにいたのね、辺境の聖女様?」
不意に、鈴を転がすような高く澄んだ声が降ってきた。
いつの間にか治癒の儀式を終えたらしいセラフィーナが、取り巻きの神官たちを従えて私の目の前に立っていた。
「セラフィーナ様……」
「王都で問題ばかり起こして、ついに追放されたと聞いていたけれど。相変わらず、地味で華のないお姿だこと」
彼女は扇子で口元を隠し、私を上から下まで値踏みするように見下ろした。
「聖女というのはね、ただ黙って祈っていればいいというものではないの。民に希望を与え、教会の偉大さを知らしめる。そのためには、誰よりも美しく、誰よりも輝いていなくてはならないのよ。あなたのように、泥にまみれて平民の子供に触れるような真似、私には考えられないわ」
高慢で、棘のある言葉。
周囲の神官たちも、彼女の言葉に同調するようにクスクスと意地悪な笑い声を漏らす。
しかし、私は彼女の言葉に怒りを感じるよりも前に、ある違和感に心を奪われていた。
彼女の言葉は確かに冷たくてトゲがある。
けれど、先ほど彼女が祈りを捧げた時、そこから患者たちへ向けた祈りの残響が、私には聞こえていなかったのだ。
そして、間近で見る彼女の瞳の奥には、自信に満ち溢れた言葉とは裏腹の、何かひどく脆いものが揺れているように見えた。
だから私は、本当に純粋な疑問として尋ねた。
「セラフィーナ様」
私の真っ直ぐな視線に、彼女の笑みがピタリと止まる。
「そんなに美しく着飾って、派手な光を放たなければならないほど……あなたは、誰かに笑われるのが怖いのですか?」
その言葉は、痛いところを突かれたかのように、彼女の心臓を射抜いたらしい。
「なっ……! あなた、何を……!」
激昂して扇子を握りしめた彼女の手。
その瞬間。
私ははっきりと見てしまった。
レースの手袋に包まれた彼女の華奢な指先が、ガタガタと、抑えきれないほど小刻みに震えているのを。
怒りではない。それは、隠しきれない明らかな『恐怖』の震えだった。
きらびやかな光と、完璧な微笑み。その裏側に隠された、悲鳴のような震え。
彼女は、何かをひどく恐れている。
私のように人を癒すのではなく、ただ『見せる』ために作られたその奇跡の裏側で。
「……行くわよ。こんな無能を相手にしている暇はないわ」
セラフィーナは震える手を隠すように背を向け、逃げるように足早に立ち去っていった。
「随分と、派手な手品でしたね」
冷ややかな声とともに、いつの間にか私の隣にカイ様が立っていた。
彼は広場を後にしていくセラフィーナの後ろ姿を、感情の読めない灰色の瞳で静かに観察している。
「手品、ですか?」
「ええ。少なくとも、あの広範囲の光の演出に、王国救恤金を投入するだけの医療的な価値があるとは思えません」
カイ様は、彼女の『奇跡』に一切心を動かされた様子はなく、ただ監査官としての冷静な目でその本質を見抜こうとしていた。
「カイ様。あの光の正体はわかりませんが……」
私は、先ほど見た違和感を彼に伝えた。
「セラフィーナ様の手が、ひどく震えていました。それに、彼女が祈る時……本当の祈りの残響は聞こえなかったのに、何か、別の強い感情が押し殺されているような気がしたのです」
「……震える手、ですか」
カイ様は私の言葉を決して聞き流さず、小さく顎に手を当てて思考を巡らせる。
私が拾い上げた曖昧な違和感を、彼が冷徹な理屈で形にしていく。私たちのいつものやり取りだ。
「美しい奇跡と、怯える聖女。なるほど。調べがいのある矛盾ですね」
カイ様の瞳に、鋭い知性の光が宿る。
完璧に作り上げられた次期聖女の、その震える指先から。
私たちは、中央教会がひた隠しにする、新たな嘘の帳簿を開こうとしていた。




