ノエール上陸 ウィンザー
第39話 ノエール上陸 ウィンザー
「ウィンザー ― 光と闇と、善と悪と ―」
船が、ゆっくりと港に入る。霧の向こうに、都市が見えた。
ノエール。
そして、その沖に浮かぶ人工島。ウィンザー。
カールは、黙ってそれを見ていた。
「……綺麗だな」
だが、その光はどこか冷たかった。
港に降りる。
人の流れ。整いすぎている。
列をなす、ビジネスマン。同じ歩幅。同じ速度。同じ表情。
「我はロボット!!」
一斉に声が上がる。
「我はロボット!!」
カールの足が、止まる。
「我々は、ミスをしない」「我々は、効率を上げる」「我々は、より良い商品を届ける」
一糸乱れぬ行進。時間に対して、一秒の狂いもない。
「……なんだ、ここは」
空を見上げる。
巨大なスクリーン。国民放送。
明るい声が流れる。
「本日の経済指数は、前日比+3.2%」「皆様の努力の賜物です」
だが、その足元で、子供が座っていた。
動かない。
カールの目が、わずかに細くなる。
「……」
街を歩く。
店が並ぶ。
光。
とにかく、光。
小さな商品。それでも、光る。
人は、その光を集める。
それが価値。それが“善”。
「……そういう世界か」
カールは思い出す。
乾パン。ビスケット。水。
それだけで、生きていた頃。
「……あれでも、裕福だったな」
小さく呟く。
その時、スーツの男が話しかけてきた。
「あなた、新顔ですね」
整った笑顔。
「仕事を探しているなら、いくらでもありますよ」
カールは、少しだけ男を見る。
その目の奥。空洞。
「……遠慮しとく」
男は微笑んだまま去っていく。その背は、すぐに群れに溶けた。
カールはさらに奥へ進む。
巨大な建物。ウィンザーの中枢。
全集計コンピュータ。
人間のすべてを記録し、最適化する装置。その中で、すべてが決まる。
「……選んでるようで」
カールは呟く。
「選ばされてるな」
風が吹く。
遠くで、また声が響く。
「我々は、効率を上げる」
その時。
カールの腕。バングルが、わずかに震える。
「……?」
触れる。
一瞬。
思考が加速する。
街の構造。金の流れ。人の動き。
すべてが、繋がる。
「……なるほどな」
低く言う。
「これは――」
一拍。
「長くは持たない」
遠くで、サイレンのような音がした。
見えない圧。世界のどこかで、何かが崩れ始めている。
各国は、経済戦を取っていた。日に日に、国民に重圧が強くのしかかる。
国民放送を流す国々。経済界と王国は、対立を深めていった。
裏の財界では、誰もが知っていた。
世界の国庫は、底をつきかけている。
物資不足。食料高騰。ハイパーインフレの予兆。
光と闇からの、善と悪。
だが、お金のない者には、善と悪の概念すら薄い。善意の商品開発より、光を集めること。小さな商品でも、光。光が集まるスーパーマーケット。光の城。それが、商社の論理だった。
闇の中では、子供を育てるのも難しい。
おもちゃを片手に、自由にのびのびと遊ぶ子供。そんな当たり前の景色すら、光の側にしか存在しない。
経済界は、商取引の合間を削って、
社員に正当な賃金を出す。決して高くはない。だが、綺麗なお金だった。
民主主義の波に押されて、
貴族制が維持できなくなりつつあった当時。それでも、本当の貴族たちはまだいた。
カールは昔、ウィンザーの貴族と話したことがあった。
その気品と、尊い心は、本物だった。
「カール、よかったら、僕の所に勉強にこないか?」「働く所なら、いくらでもあるぞ」
昔、カールはその貴族に言ったことがある。
「貴族の方も、商品を作ったらどうですか?」
すると、その人は静かに答えた。
「真似になる場合があるので、新しい方法を考えたい」
その言葉を、カールは今も覚えている。
新しいものを作る。だが、ただ真似るのではない。それが、あの人の誇りだった。
「今はやめとく、まだ冒険をしたい」
あの時の自分は、そう答えた。
貴族の友人は静かに、喋り始める。
軍が力を持てば、平和は秩序に呑まれる。経済が支配すれば、心は数字に置き換わる。
だが、君のように、
誰かがビスケットを分け、誰かが雨の日に傘を貸し、誰かが「おかえり」と笑ってくれる。
フォースとは、きっと、そういうものなんだ。
友人の貴族が言った言葉だ。
カールは、静かに歩き出す。
この街の奥へ。そして、そのさらに奥へ。
まだ見ぬ存在の気配へ。
「……いるんだろ」
誰にともなく言う。
風が、わずかに変わる。
ノエールは、すでにカールを見ていた。
老人(元エージェント)
「私は……何度もこの光景を見てきた。
人は“自由”に触れたとき、やっと歴史を書き直す。
だが──その瞬間は、毎度違う」
「新聞を読みなさい。
広告の裏を、よく見なさい。
そこに、セントラルが何を望んでいるかが出る」
「だが、“違和感”が混じったとき──君たちは、
初めて自分の未来を歩み始めるのだよ」
キャスト
人間 カール=ザルツバーグ(カール=エクサ=ザルツバーグ)
ウインザーの、ビジネスマン
貴族の友人
老人 元エージェント




