王都への準備、そして、ジークの準備
王都へ向かう準備は着々と進められていた。
ルシアン様からは、
『王都での生活拠点なら心配するな。我がルーベルト家の別邸を使うといい!』
という、何とも太っ腹で有り難いご厚意を頂いている。
その別邸は今、ルシアン様の正真正銘な正妻様が使っていらっしゃるのだが、お貴族様達の社交界は終わり、正妻様もレイブラント地方に戻ってくる時期なのだ。
だから、私達はその正妻様と入れ替わりで出発することになっている。
しかも私達が王都へ向かうときにはカーラさんが直々に道中を案内してくれるという、まさに至れり尽くせりな待遇だ。
そして、その準備は診療所でも進められておりーーー
「いいですか、ジークさん」
リビングのテーブルに肘をついて顔の前で両手を組んだセインが、いつになく真剣な雰囲気を醸し出していた。
その前には、セインの異様な雰囲気を嗅ぎ取ったジークが、膝の上に両手をちゃんと乗せて座っている。
「ジークさんは優秀な加護使いですし、国境地帯をゴブリンの大群から守り抜いた英雄であり、さらにルシアン様やグラハム様は非常に寛大な御方でしたから、非常に運の良いことに何もお咎めはありませんでした。ですがっ!」
いつもの柔らかな物腰がどこへやら。
セインの強い視線にジークも珍しくたじろいだ。
「他の貴族の方々、ましてや王族、国王陛下の前でタメ口を叩いてしまったら、不敬罪により即捕縛され牢獄行きです!最悪の場合、極刑となります!」
「ヴッ!」
「言葉遣いだけでジークさんを推し量るなど言語道断であることは百も承知ですが、このままでは無駄な反感を買ってしまう可能性が高くなります。そこで!」
ビシッと人差し指を突きつける。
「王都へ出発するまでの間に、できるだけ敬語で話す練習をして頂きますよ!」
「ま、マジかよ……!」
「大マジです!」
既に尻込みしそうなジークと前のめりで言い放つセイン。
「なかなか見ることができない光景だな」
「だね」
同じく診療所に来ていたレンジ君が2人の様子をマジマジと見つめていた。
(セインがこんなこと言う気持ちも分かるけどね)
辺境伯邸でのやり取りを思い返すと、グラハム様達を前にしたジークの言葉遣いには、かなりハラハラさせられたのは事実だ。
特にセインはヒーラーとして平民でありながら上流階級とも何度も関わってきたこともあり、私達の誰よりもお貴族様たちへの対応に心を砕いていたのだろう。
そんな彼にとって、いくら元王族とはいえ、今は同じ平民であるジークの貴族に対する態度を傍で見ていて、きっと生きた心地がしなかったに違いない。
(元皇太子だからなのか、120年生きている余裕からなのか、はたまた長年魔物と戦いまくっていたからなのか。ジークはやたらと怖いモノ知らずなんだよね)
「ジークだって元皇太子なんだから言葉遣いとか礼儀作法とか習ったんじゃないの?すぐに思い出せるんじゃない?」
摘んできた薬草を仕分けながら声をかけると、
「ンなモン、とっくに忘れたわ!」
とのことだ。
「そもそも森で魔物と戦ってるときにお上品な言葉遣いでモタモタしゃっべってたら、こっちが喰われちまうわ!」
「前々から思ってたんだけど、エルフってみんな、そんなサバイバル生活してるの?王族は別なのかもしれないけど」
「いや、そんなことはないだろう」
レンジ君が口を挟んできた。
「私も王都で他のエルフとお会いしたことがありますけど、どちらかといえばフィーさんの雰囲気に近かったですよ」
セインがドラコを撫でていたフィーちゃんを見ると、フィーちゃんはなぜか居心地悪そうに首を竦めた。
「当たりめえだろ。ヴィザールの森の中にはちゃんと国があって、普通のエルフ達はそこで暮らしてんだよ」
フン、とジークが鼻を鳴らした。
「えーと、そうすると『普通じゃない』エルフは森で暮らしているの?」
(そもそも、エルフの『普通』基準とはいったい何なのだろうか?)
私の疑問を察したジークがこれまた面白くなさそうに答えた。
「『エルフは全員加護使いだ』って思われてるみてえらしいが、エルフだって加護がなくて魔法使えないヤツくらいいるんだよ。そういうヤツらはみんな国を追い出されて、魔物達がウロつく森で暮らすしかねえんだよ。こういうのを付けられてな」
ジークが見せてきたのは、左手の甲に刻まれた2本の黒い線だ。
普段は指なし手袋を着用しているから隠れているし、ジークから言い出さないので私達も敢えて聞き出そうとはしなかったのだ。
「コレを付けられたヤツは国の中には入れねえことになっている。『エルフの偽者』らしいからな。そういう連中は森で野垂れ死ぬのがお似合いだっていうのが、あのババアの言い分なんだろうよ」
「に、偽者って……それに、ジークは魔法使えるじゃない!」
「俺は読み書きができねえし、ババアに反抗したからな。『エルフの皮を被ったケダモノ』なんだとよ」
(それって、リオディーネ皇女が言っていたことだよね……)
次期皇帝の座を確実なものにするためにフィーちゃん達を追って来たティナ・ローゼン精霊国の第1皇女だ。
『エルフがいかに優秀で選ばれた種族なのか』という優越感が言動の端々から匂わされていて、フィーちゃん達のことがなければ関わりたくないタイプだった。
だけど、その栄光は『加護が無い者は切り捨てる』という差別で成り立っていたわけだ。
(それにしても、やれ『加護がなければ森で野垂れ死ね』だの、『黒死病患者は親兄弟含めて全員処刑する』だの。エルフ、闇深すぎでしょう……)
『指輪物語』では、深い森の中で自然と共に穏やかに生きている種族として描かれていたはずなのに。
長い耳の外見と長寿であることは共通するものの、こちらの世界では随分と殺伐としている。
「本当に、情けないですわ……」
フィーちゃんがポツリと弱々しく言った。
「お兄様達がそのような目に遭わされていたにも関わらず、私は自ら手立てを打つことなく、ひたすら皇帝陛下の顔色ばかり窺うことしかできなかったなんて……」
悲しそうに俯くフィーちゃんを、ドラコが見上げている。
「お前が気にすることなんてねえよ、フィー!全部あのババアが勝手に決めてることなんだしよ!」
ジークが慌ててフィーちゃんを慰め、
「ピャアピャア!」
何かを察したドラコも、フィーちゃんのおでこの辺りを翼で優しくさすった。
その様子に、フィーちゃんの曇った表情が少し明るくなる。
セインがコホンと咳払いし、
「……ジークさんの人柄については十分分かっているつもりですし、先程も申し上げたように、言葉遣いだけでジークさんを評価するなど有り得ないことです。ですが、ユーリさんが本格的に黒死病の治療に専念するのであれば、国王陛下と謁見する機会は避けて通ることはできません。それにユーリさんの治療方法は残念ながら世間の理解を得難いものであり、ユーリさんを非難する方が出てきてもおかしくないでしょう。ですから、ユーリさんをサポートする私達が余計な火種を蒔くことは極力避けるべきです」
「セイン……!」
正直感動してしまった。
(まさか、そこまで私のことを考えてくれていたなんて!)
「確かに、セインの言うとおりだ」
レンジ君が頷いた。
「いくらルーベルト辺境伯の後ろ盾があるとは言え、僕達が貴族や王族に不敬を働いていい訳がない。それに、君の言動によっては妹であるフィーも、いらぬやっかみを受ける恐れがあるんだぞ?」
「それはっ……ダメだけどよ!」
「ならば、君がやるべきことは決まっている。僕も協力するから、最低限の敬語に慣れるように練習しよう」
「私もご一緒しますから!お兄様ならきっと大丈夫ですわ!」
「ピャー!」
絶対よく分かっていないだろうドラコも元気良く鳴き声を上げた。
そんなドラコに降参したような笑みを浮かべ、
「ったく、わあったよ!」
ジークは頭を掻きながら了承したのだった。
こうして、ジークの言葉遣い講習も準備に組み込まれた。
ようやくジークが『です』や『ます』を言おうとした時、舌を噛まなくなった頃。
フラノ村を旅立つ1週間前となっていた。
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