報告、そして、惜別へ
辺境伯邸から戻ってきた私達は、早速王都へ向かう準備を始めた。
まずは村長さんに、私達が王都に向かうことになったことを報告した。
「そうですか……王都に向かうと……」
ポールさんがため息を吐いた。
「辺境伯様のご命令であれば仕方がありませんが、非常に残念です」
その言葉通り、寂しそうな表情を浮かべる。
ちなみにこの口実はルシアン様のご厚意だ。
いきなり私達が王都に向かうとなれば、当然質問攻めに合うだろうし、下手をする妨害される恐れがある。
だから、あくまで領主命令で向かうことにした方が都合が良いと、そう仰って下さったのだ。
(いや妨害なんて、そんな物騒なこと、この村の人達がする訳ないでしょ!)
と内心では思っていたけど、村長さんの顔を見て納得してしまった。
(こんな悲しそうな表情を見せられたら、決心が揺らいでしまうわ……)
「これまで私達に親切にして下さったこと本当に感謝しております。ですが、ルーベルト伯から王都のお屋敷で封魔石作成をすることを命じられまして」
これが私達に表向きに与えられた命令だ。
「治癒の封魔石もそうですが、何より、ユーリさんが作成される浄化の封魔石も非常に有用だと王都でも評判でして。貴族の方々や国王陛下が、制作者を是非紹介してほしいと仰られるほどなんです」
「確かに、ユーリさんの封魔石はどんな汚れも落とすことができて本当に便利ですからな」
ポールさんも頷いた。
「流石にユーリさんお一人だけで王都に行かせる訳にもいきません。彼女は私の助手ですし、私はかつて王都にいたこともありますから、土地勘があります。それに、王都への道中は魔物や盗賊などの危険もつきものですから、あの三人が来て頂いた方が絶対に安全ですから」
「あのお三方ですか……確かに」
ポールさんの中ではすぐに頭に浮かんだだろう。
「レンジさんには封魔石作成には欠かせませんし、ジークさんやフィーさんは非常に優秀な加護使いですから。旅に同行してもらうに当たって、これ以上心強い存在はいません」
セインが重ねて説明すれば納得はしてくれてはいるものの、それでもポールさんは浮かない表情を浮かべる。
「分かりました。しかし……本当に寂しくなりますな。セイン先生とユーリさんには何度も治療して頂きましたし、レンジ先生もトーマスの義足を作って頂いた。ジークさんやフィーさんは村に来て日は浅いものの、それでも大雨で損傷した家々や橋の修理を手伝って下さいました。村人全員、皆さんには本当に感謝しております」
「私だって本当に感謝していますよ!いきなりこの村にきた私を、皆さん温かく受け入れてくれて。皆さんのお陰で、とても楽しい生活を送ることができたんですから!」
と力説すると、セインも深く頷いた。
「私も同じ気持ちです。ここに来た当初は今より更に血が苦手で、掠り傷を見ただけで目が回っていました。そんなヒーラー、呆れられて見放されても仕方がないなのに、皆さんはどうすれば私が倒れずに怪我を治せるようになるか、気遣って下さいました。皆さんの優しさには、私の方が救われました」
当時の様子を思い出すようにポールさんの目が細められる。
「そうでしたな。初めはなぜ、王都で活躍しているヒーラーがこんな辺境の小さな村に配属されたのか、みな理解に苦しみました。ひょっとして、何か重大な過ちを犯したがために、流刑のごとくこの村に落ち延びたのではと、考える者すらいました。最もその疑いは、先生が転んでベソをかいた子供の擦り傷を見た瞬間に倒れそうになったことで、すぐに晴れましたが」
「……お恥ずかしい限りです」
その場で小さくなるセインにポールさんは優しく微笑んだ。
「ですが、先生はいつも物腰が優しく、丁寧で、我々のような田舎者を馬鹿にするような態度を決して取ることは無かった。先生がいらっしゃったその年、村人全員を苦しめた流行病を、先生は必死に治療して下さいました。今でもよく覚えております。だから我々も先生に血を見せずに治療できるように心配りできないかと、そう考えたんです」
そう言えば初めて診療所に連れて行かれた時も、ダンカンさんが、
『先生に血を見せるなと言っただろうが!』
って怒鳴っていたっけ。
あれもセインに対する気遣いだったんだ。
(やっぱり、セインの人徳って凄いわ)
心の中で改めて感心していると、
「患者さんに気を使わせてしまうような情けない僕でも、ヒーラーとしてやって来れたのは本当に皆さんのお陰です。それに、何も今生の別れという訳ではありません。王都での用事がある程度落ち着くことができれば、またぜひこの村に戻ってきたいと思っておりますので」
セインの穏やかな眼差しを受け止め、ポールさんは静かに頷いた。
「いつでも好きなときに帰ってきて下さい。先生方の家はもちろん、まだできてはいませんが、ジークさん達の家も必ず残しておけるように手入れしておきますから」
ポールさんの頭が深々と下がった。
「先生方のご活躍を、村人一同、心からお祈り申し上げます」
「ポールさん……」
思わず目頭が熱くなったけど、今はグッとこらえた。
(今泣いちゃったら、出発するまで涙腺緩みっぱなしになりそうだもの!)
「……本当に、ありがとうございます」
何の捻りもない返答だけど、多分そう言うだけで精一杯だったんだろう。
セインに倣って、私も深く頭を下げた。
***
「ええっ、レンジ兄ちゃん、王都に行っちゃうの?!」
「ああ。準備が出来次第、出発する予定……ッティ、ティム?!」
見る見るうちに大粒の涙を流し始めた釣り仲間の少年を前に、珍しくレンジはギョッとしてしまった。
辺境伯邸から戻ってきたレンジが、久しぶりにいつもの釣り場に向かうと、そこにはティムが先に釣り糸を垂らしていた。
久々の再会に喜ぶティムから間隔を少し空けて、それでも仲良く糸を垂らした。
(ティムには僕の口から直接伝えた方がいいだろうな)
王都に向かうことを、セインが村長に報告する事は知っていたため、ティムが大人達から知らされるのも時間の問題だ。
外見はティムより少し年上の少年であっても、レンジはティムの両親よりも長く生きている。
それでも、まるで兄のように慕ってくれるティムのことをレンジは少しくすぐったくも、好ましく思っていた。
だからせめて、ティムには事実を自分から伝えたいと思っていたのだが。
「ど、どうしたんだ、急に泣き出して?!」
釣竿を放り投げて急いでティムの元に近寄ると、
「だって……レンジ兄ちゃんと、もう会えなくなっちゃうんでしょ?」
「……ッ!」
嗚咽を漏らしながらベソをかくティムにレンジは驚きながらも、心の底がじんわりと温かくなっていくのを感じた。
ティムの傍に膝をつき、頭にソッと手を置く。
「……すまないな、ティム」
自分と同じくらいの大きさの頭を撫でながら、レンジは謝った。
「君を泣かせるつもりはなかったんだ。ただ、他の村人の口から伝わるより、ちゃんと僕の方から君に伝えたかった。君は僕が……生まれて初めてできた友達だからな」
「えっ……!」
レンジの言葉にティムが驚いたように顔を上げた。
(……流石に、僕ごときがティムにそこまで言ってしまうのは馴れ馴れしかったか)
ティムの反応にレンジは後悔しかけたが、
「レンジ兄ちゃん……俺のこと、友達だと思っててくれたの?!」
ティムの目が涙以外の理由で輝き出した。
「だ、だって……レンジ兄ちゃんは俺なんかよりずっと大人で、村のみんなからも頼りにされていて……俺じゃ、全然友達なんて
「そんなことはない!」
レンジ自身ですら驚くほどの大声でティムの話を遮った。
「君は僕に釣りを一から教えてくれたじゃないか。こうして一緒に君と釣りをするのは、本当に楽しい一時だった。僕は君と一緒に過ごすことができただけでも、この村に移住できて心から良かったと思っているんだ」
「ほ、本当?」
「ああ、本当だ」
レンジは力強く、そして優しくティムに語りかけた。
「確かに僕はこの村を離れるが、だからと言って、死ぬまで君と会えなくなる訳ではない。王都で君の父君に会えたら、絶対に手紙を届けてもらうようにする。君と僕は……ずっと、友達だからな」
「ーーーうんっ!」
涙でぐしゃぐしゃに汚れながらも、ティムは満面の笑みを浮かべた。
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