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聖女、メスを執る~転生した外科医が挑むのは、治癒魔法が効かない病でした~   作者: 西園寺沙夜


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術後経過、そして、セインの過去

「この人差し指を頭を動かさずに目だけで追ってください」


右手の人差し指を1本だけ立て、ゆっくりと左右上下に十字をなぞるように動かしていく。


それに釣られて、榛色の瞳が指の動きを追っていく。


「いかがですか?目が動かしにくかったり、見えにくかったりしますか?」


と尋ねると、


「いや、全く問題ない!」


返事は溌剌としており、初めてお会いした時の弱々しい声とは天と地ほどの差がある。


切開線が再度離開していないことも確認し、最後に乳白色の石を取り出す。


「黒死病の核が体内に再発していないことを確認するため、治癒の封魔石を使用させていただきます。少しでも違和感があれば、すぐに教えて下さい」


「ああ、承知した!」


しっかり了承を頂いた上で封魔石に魔力を込め、


「“解放(リリース)”」


と呪文を唱えた。


すると、淡い光が全身を優しく包み込んでいく。


「いかがでしょうか?」


「すこぶる順調だ!少しも違和感がない!」


力強く頷かれ、私もホッと一息吐いた。


「これで診察は終了です。お疲れ様でした、ルシアン様」


軽く会釈すると、


「こちらこそ、こまめに診察をしてくれて本当に感謝する。ユーリ殿!」


今度はこっちが恐縮してしまう程、深く頭を下げられてしまった。


「あ、頭を上げて下さい!そんな、平民の私にッ!」


仮にも目の前にいるのは、この国の有力貴族である辺境伯様である。


生まれた時から善良な小市民な私には、この方のお辞儀は恐れ多すぎる。


「何を言っている。貴女は私の命の恩人なんだぞ!敬意を表するのは当然だろう!」


ここまでしっかり感謝を伝えられるなんて、本当に心が真っ直ぐな素晴らしい方だ。


結局何しに来たんだか分からないレンジ君の兄上達に、爪の垢でも煎じて呑ませたいくらいである。


「と、とにかく!明日で治療してから1週間が経ちますので、毎日のフォローは本日で終了となります」


そして、ずっと気にしていたことを伝えてみた。


「だから、私の名前に敬称をつけるのも、どうかこれで終わりにして下さい」


「というと?」


「その……『ユーリ殿』と呼んで頂くことです」


おずおずと答えると、ルシアン様は不思議そうに首を傾げた。


「なぜだ?先程も言ったように、貴女は黒死病を治してくれた恩人だ。貴女がいてくれなければ、私は今もあの壮絶な苦痛を味わい続けていただろうし、最悪命を落としていたかもしれない。そんな窮地から救ってくれたのだから、呼び捨てはさすがに


「でも、セインのことは呼び捨てじゃないですか」


失礼だとは思いつつも、咄嗟に遮ってしまった。


「確かにセインは黒死病の摘出はしていませんが、創部を閉じてくれたのはセインです。セインも私の治療には不可欠な存在です」


ルシアン様は黙って耳を傾けて下さる。


「それに、私はセインの助手という立場ですし、実際セインの家には居候させてもらっている身ですから。流石に上司を差し置いて、助手の私が敬われてしまうのは、ちょっと……」


最後は言葉を濁したが、ルシアン様には十分伝わったようで、


「確かに。セインの手前、貴女だけを持ち上げるのは配慮に欠けていたな。申し訳なかった……ユーリ」


頭を掻きながら、謝罪して下さった。


「ありがとうございます!」


ホッと胸を撫で下ろす。


別にセインから嫌みを言われたこともないし、私がルシアン様からどう呼ばれても、セインが気にしている素振りは特になかった。


だから、これは私の気持ちの問題だ。


(長年病院の縦社会で生きていた者として上司を差し置いてというのは気まずいし、何より今までの治療が成功したのは、セインがずっとサポートしてくれていたからだしね)


そんな私の思惑を見透かしたのか、ルシアン様は苦笑した。


「セインにも、もちろん感謝している。決して蔑ろにしているつもりはない。だが、彼とはそれなりの付き合いがあり、我がルーベルト家に仕えてくれているという甘えが、つい出てしまったのかもしれないな」


「付き合い、ですか……」


そこでふと興味が湧いた。


「あの、ルシアン様はセインとどのようにお知り合いになったのですか?」


思えば私は、フラノ村に来るまでのセインの生い立ちを聞いたことがなかった。


理由は簡単。


他でもないこの私が、自分の生い立ちを語ることができないのに、そんな雰囲気に持っていくのが悪い気がしたからだ。


自分はエセ記憶喪失なのに、セインだけに話をさせるのは気が引ける。


「そうだな……」


天井に顔を向け、


「セインと初めて会ったのは王都エヴァンヌだった。私は辺境伯の跡を継いだ直後で、国王陛下に就任のご報告に参上したんだ」


その時に光景を瞼の裏に写そうとするかのように目を閉じていた。


「セインは若くして宮廷仕えのヒーラーに抜擢される程の才能の持ち主だった。私達が出会ったのも王宮だったしな」


「へええ。セインってそんなに優秀だったんですか!」


いつも物腰が低くて穏やかだから、そんな凄い地位に就いていたとは思わなかった。


「確かにセインは優秀だ。病であれば、彼に治せないものはないと言われるほどだった。ああもちろん、黒死病は別だが」


ルシアン様がすぐに付け足した。


「だが、知っての通りセインは血を見ると貧血を起こしてしまう。私が見た時には、国王直属騎士団が稽古で作った擦り傷を見ただけでも目眩を起こしていた。今は大分マシにはなったがな」


「それは……凄いですね」


もちろん違う意味でだ。


「元々の性格に加えて、他のヒーラーからのやっかみもひどく、上手く立ち回ることができなかったんだろう。私が王都を出立する時には王宮から追い出されることになっていた」


やっぱり王宮ともなると出世争いが熾烈で、ついていけなくなると離脱するしかないということか。


大学病院時代の教授戦のドロドロを思い出す。


「私も辺境伯を任じられたばかりで少々心許ない気持ちが拭えなかった。自分の味方を少しでも増やしたいと思ったんだ。それで、例え血が苦手でも、優秀な加護使いをこのまま野放しにすることが惜しいと思い、ルーベルト地方に連れてきたんだ」


「そうだったんですね」


確かに、追放直後で路頭に迷っていたところを拾ってもらえれば、恩義を感じるのは当たり前だろう。


セインがルシアン様を特に強く助けたかった気持ちが、今更ながら理解できた。


「でしたら、私の方がルシアン様に感謝しなければなりません」


「どういうことだ?」


不思議そうな表情に向かって、笑顔で理由を告げた。


「私はセインと出会えなければ、黒死病の治療をすることなんて絶対にできませんでした。この世界では非常識と見なされる治療方法でも、セインはいつも私の味方でいてくれました。私は体を切り開くことはできても、完璧に傷を消すことができるような治癒魔法なんてできない。それを、血が苦手でもセインは逃げずに、最後まで一緒に治療をしてくれますから」


そして、私は頭を下げた。


「本当にありがとうございます。セインと巡り合わせて下さって」


「ユーリ……」


(そして、これは絶対に言えないけど……)


自分でも心が変化していくのを感じる。


胸の痛みとともに思い出す、あの彼の姿。


それがーーー


「……貴女に命を救ってもらったことは、私の人生でも最も光栄な出来事の一つとなのだと断言できる」


ルシアン様の心のこもったお言葉が優しく耳に沁み込んでいく。


「どうか、私と同じように黒死病に苦しむ民をこれからも貴女の手で救ってほしい。私は、ルーベルト家は、全力で貴女を支え続ける!」


力強いエールを頂き、私も真摯に頷いた。


「はい……私の全力をもって、お応えいたします!」


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