無我夢中
「当時の世界について教えて頂きたいのですが……」
そう問いかけた女性は、どこか昔の私に似ている気がしました。
記事を書くためにセカンドライフ中を飛び回る。きっと、そんな日々を送っているのでしょう。
若いころの私は仮想世界に夢中になり、現実世界との滞在時間が逆転するまでに、一年とかかりませんでした。
ここの環境と私は、相性が良かったのかもしれません。
いつしか、食べていくために必要な収入は得られるようになっていました。
私は仮想世界の中で知り合った、<年齢も顔も分からない人>をパートナーにして、ビジネスを始めました。
無我夢中でした。
世間よりほんの少しだけ早く踏み込んだこの世界で、他の誰にもできない何かを求めていました。
「0.1秒も無駄にしてはいけない。」
そんな思いが、いつも頭のどこかにありました。
気がつけば、食事の時間と仮眠をとるひと時を除いて、ずっと働きづめ。
アナログ時計の針を見ることも忘れ、私が生身の人間であることさえも忘れ、とにかく無我夢中でした。
……我を無くして、夢の中……。
夢を見ました。
夢の主人公は……私ではなく、別の誰かでした。
その人は、砂漠のような背景の何もない空間の真ん中で、何かを探していました。
ヒントのないクロスワードを解くように。
探し物が見つかったのかどうか。
見届ける前に、目が覚めました。
そこは、病院のベッド。
「やっと気づきましたね。初めまして。」
よく知っているトーンの声。
ボイスチャットでいつも言葉を交わしていた、<年齢も顔も分からない人>の声でした。
「何時間経っても返事がなかったから、何かあったんじゃないかと……」
「あなたが、私をここに?」
「ええ。失礼は承知だったんですが、どうしても心配だったので。これまでのやり取りから手がかりを拾って、あなたにつながるものを一つずつたどりました。国内でよかったです。」
ここしばらく、きちんとした食事も睡眠もとっていなかったのだから、突然倒れても不思議ではありませんでした。
むしろ、そんなことよりも――
「この人に、どんな姿の私を見られてしまったのか?」
そのことの方が、よっぽど気がかりでした。
仮想世界の中では、あんなに言葉を交わしていたのに。
直接対面してみると、何から話していいのか見当もつきませんでした。
壁掛けの、少し古いタイプの時計が6時を知らせるメロディー。
まるで、痺れを切らしたかのように。
まるで、じれったい二人に助け舟を出すように。
静寂に割り込んできました。
「なんだか、とぼけたメロディーですね。」
この人が口にしなければ、きっと私が同じことを言ったのでしょう。
なぜか二人とも、クスクスと笑い出しました。
何がどう可笑しかったのか、説明することはできません。
ただ、なんとなく二人の共通の<なにか>に触れたのでしょう。
もしかしたら、私はずっとこの人に会いたかったのかもしれない……。
それから、私の生活はほんの少しだけ変わりました。
週に一度は休みをとって、その人に会いに行きました。
もちろん、アバターとしてではなく、一人の人間として。




