第2章。すれ違う運命と、見守る背中。第6話。純白のドレスと、遠い空への祈り
50年目の恋文 〜神様の決めた許嫁と歩む、半世紀のカルテ
〜第2章。すれ違う運命と、見守る背中~
第6話。純白のドレスと、遠い空への祈り
千秋先生と神社の境内で最後の別れを告げてから、さらに一年。
私は二十三歳になり、ついに拓海くんとの結婚式の日を迎えていた。
控室の大きな鏡の前に立つ私は、純白のウェディングドレスに身を包んでいる。
おっとりとした私の性格をよく知るメイクさんが、
「緊張しなくて大丈夫ですよ。世界一綺麗な花嫁さんです」
と優しく微笑みながら、ベールを整えてくれた。
「美琴、本当に綺麗だよ。俺、世界一の幸せ者だな」
タキシード姿の拓海くんが、少し照れくさそうに、でも心からの愛おしさを込めて私の手を取ってくれた。
彼の温かい手。
それは、私がこれから一生をかけて愛し、支えていくと誓った夫の手だ。
その時、教会の鐘の音が、高らかに街へと響き渡った。
バージンロードを一歩ずつ歩みながら、参列してくれた友人や親戚たちの笑顔が目に入る。
みんなが私の幸せを祝福してくれている。
生まれつき涙もろい私は、その温かさに触れただけで、誓いの言葉を言う前から早くも目頭が熱くなって、ポロポロと涙を流してしまった。
「こら、美琴、まだ泣くのは早いよ。化粧が落ちちゃう」
拓海くんが困ったように笑って、指先で私の涙をそっと拭ってくれる。
その優しい仕草に、私の胸の奥で、かつて同じように涙を拭ってくれた『あの人』の記憶が、一瞬だけ切なく疼いた。
(千秋先生……私、今日、結婚します。先生がくれた処方箋の通り、私は、普通の幸せをちゃんと掴みましたよ)
胸の中で、遠い空に向かって語りかける。
お互いに別の誰かと生きると決めたあの日。
千秋先生だって、今頃はどこかで奥様と幸せに暮らしているはずだ。
これでいい、これが私たちの選んだ、一番正しい道なのだから。
披露宴も滞りなく進み、ゲストたちが帰路につく夕暮れ時。
私はドレスの裾を少し持ち上げながら、式場の裏手にある、静かな中庭のベンチで一人、心地よい疲れに息を吐いていた。
ふと、ブーケを置いたテーブルの上に、見慣れない『小さな白い封筒』が置かれていることに気がついた。
差出人の名前はない。
ただ、宛名に『美琴ちゃんへ』と、見覚えのある、驚くほど達筆で綺麗な文字が躍っていた。
トクン、
と心臓が大きく跳ねる。
震える手で封を切ると、中から一枚の便箋が出てきた。
『美琴ちゃん、結婚おめでとう。
純白のドレス姿、きっと世界一、綺麗なんだろうね。 直接お祝いを言えなくてごめん。 でも、僕の心の中のカルテには、君の最高の笑顔が今もはっきりと記録されているよ。 これからは、旦那様と二人で、世界一温かい家庭を築いてください。 君の歩む未来が、いつもたくさんの光で満たされていますように。 ずっと、ずっと、君の幸せを遠くから祈っています。
僕の小さな、大切なお嫁さんへ。 ――千秋』
「……先生……っ」
手紙を読んだ瞬間、私の目から、今日一番の大粒の涙が決壊したように溢れ出した。
先生は、式場には入らず、遠くから私の姿を見守って、この手紙だけを置いていってくれたのだ。
手紙の文面はどこまでもユーモアと優しさに満ちていて、だからこそ、先生の胸の痛みが伝わってくるようだった。
私は手紙をぎゅっと胸に抱きしめながら、声を殺して泣き続けた。
悲しい涙ではない。
千秋先生が、私の人生をこんなにも祝福してくれたことが、たまらなく愛おしくて、ありがたかった。
「美琴? こんなところにいたんだ。……って、また泣いてる! 本当に涙もろいんだから」
拓海くんが心配そうに中庭にやってきた。
私は慌てて手紙をドレスのポケットに隠すと、涙を拭って、最高の笑顔で夫を振り返った。
「ううん、なんでもないの。嬉しくて、涙が出ちゃっただけ」
「そっか。さあ、みんなが待ってるよ。行こう、俺たちの家に」
「うん!」
私は拓海くんの手をしっかりと握りしめた。
千秋先生からの『最後の恋文』。
私はそれを、心の引き出しの一番奥に大切に仕舞い込んだ。
こうして私は、千秋先生への恋心に完全なピリオドを打ち、拓海くんの妻として、新しい人生の一歩を踏み出したのだった。
――しかし。
この時の私はまだ知らなかった。
神様が結んだ運命のカルテは、これで終わりではなかったことを。
この数年後、私の体の中に、さらなる奇跡の命が宿り、あの千秋先生のいる世界へと、再び私たちを引き戻すことになるなんて、私はまだ、何も想像していなかった。
(第6話・了。第7話【妊娠・出産編】へつづく)




