第39話:初めての『夏休み』と、パパのドクター・ブルー
第二部:繋がる命のカルテと、双子のワルツ
第39話:初めての『夏休み』と、パパのドクター・ブルー
初めての授業参観で、お母さんの心のSOSを陽太パパのドクター魂に繋いでから、数ヶ月。
まばゆい太陽の光が降り注ぐ季節になり、私たちの小学校のカルテには、ついに『初めての夏休み(初めての海旅行)』という、最高に青くて輝かしいページが追加されようとしていた。
「さあ、みんな! 陽太パパが安全第一で計画した、最高の海水浴旅行だよ〜! 海だぞ〜!」
白い砂浜とエメラルドグリーンの海が広がる海岸。大きなパラソルの下で、水着の上からやっぱりお約束のように白衣を羽織った陽太パパが、デレデレの笑顔で両手を広げていた。
今回の旅行のために、陽太パパの奥さんが選んでくれた私たちの水着は、本当に素敵だった。
私は、おっとり天然な私にぴったりの、薄ピンク色のフリフリがついた最高に可愛いワンピース水着♥️
お隣の千秋先生(六歳)は、黒い知的なラッシュガードをピシッと着こなしていて、子供用のスポーツサングラスを少しずらしながら、相変わらず大病院の院長先生のような落ち着いたオーラを放っていた。
(美琴ちゃん、そのフリフリの水着、とてもよく似合っていて可愛いよ。前世のハネムーンでは海に行けなかったから、こうして君と波打ち際を歩けるなんて、最高の夏の処方箋だね)
(千秋先生……っ、ありがとうございます。先生のラッシュガード姿も、ちいさくて知的な王子様みたいで、とっても格好良いです……っ)
私たちが砂浜でちいさな手をぎゅっと繋ぎ合ってラブラブしていると、私の足元を、ちょこちょこと横歩きする可愛いちいさなカニが通り過ぎていった。
「あ、カニさん! まてまてぇ〜」
天然で一度夢中になると周りが見えなくなってしまう私は、手を繋いでいた千秋先生を置いて、カニさんを一生懸命に追いかけて波打ち際へとトコトコ走っていった。
けれど、打ち寄せる大きな波に足元をすくわれ、不器用な私はツルンと滑って、海の中へと派手に転がってしまったのだ。
「ひゃああっ!? う、うぅ……っ!」
ザブーン! と冷たい海水が頭から降りかかり、私は足のつかない深い波の渦へと巻き込まれてしまった。生まれつきトラブルに弱い私は、恐怖で一瞬で大粒の涙を流し、息が上手くできなくてパニックになってしまう。
(美琴ちゃん……っ! 今すぐ助ける、僕の手を握るんだ!)
千秋先生(六歳)が、子供の体では間に合わないほどの凄まじいスピードで、ラッシュガードを濡らしながら私の元へ命がけで飛び込んできた。けれど、一足遅く、引き波が私のちいさな体をさらに沖へと連れ去ろうとする。
――その、絶望の危機の瞬間だった。
「――みことちゃんに、触るなぁぁぁーーっ!!」
激しい怒号とともに、砂浜から『本物の小児科医』、そして『本物の父親』としての圧倒的なプロの顔になった陽太パパが、白衣をバサリと脱ぎ捨てて弾丸のように海へと飛び込んできた。
陽太の目は、いつもの頼りない涙もろいパパの目ではなかった。
かつて四歳の夜に千秋先生に命を救われ、その背中を追って命を救うプロになった男の、冷たく澄み切ったドクターの瞳だった。
ザバーーンッ! と激しい波が陽太パパを襲う。
その時、波打ち際で、大きな大きな、冷え冷えのスイカを丸ごと抱えた銀髪の神様がひょっこり現れた。
神様はいつもの意地悪な笑顔を完全に消し去り、神聖な強い目で陽太パパを見つめてパチンと指を鳴らした。
すると奇跡が起きた。
神様の力によって、私を沖へと引っ張っていた引き波の渦がピタリと止まり、逆に陽太パパを前へと押し出す不思議な『追い風の波』へと変化したのだ。
「陽太先生、今だ! 父親の力を神の私に見せてみよ!」
神様の声が海風に響く。
「うおおおおおっ!!」
陽太パパは神様の作った波に乗り、完璧なクロールのフォームで水を捉え、あっという間に私の元へとたどり着いた。
そして、海の中に沈みかけていた私のちいさな体を、その大きくて、強くて、逞しい両腕でガシッと、命がけで抱き上げて救い出してくれたのだ!
さらに、千秋先生も私のもう片方の手をちいさな手でぎゅっと握りしめて引き上げてくれた。先生の六歳の男の顔には、愛する人を救った圧倒的なヒーローの格好良さが満ち溢れていた。
白い砂浜へと連れ戻され、陽太パパの腕の中で、私はケホケホと海水を吐き出した。
「美琴ちゃん、しっかりして! 息をして、パパの顔を見てごらん!」
陽太パパは私の背中を優しくトントンと叩き、手際よくのどや呼吸のカルテを診察していく。
「あぅ……あぶぅ(パパ……。千秋先生……っ)」
私の目から、恐怖が安心へと変わる大粒の涙がポロポロと溢れ出した。
「よかった……水は肺に入っていない。バイタルも安定しているよ。……怖かったね、みことちゃん。もう大丈夫だからね」
陽太パパは、自分の胸元に私をぎゅーっと抱きしめ、お母さんのように優しく背中をさすってくれた。
いつもは泣いてばかりの頼りないパパの、この世界一格好良いお医者さんの姿。他人の痛みに誰よりも敏感な私の胸が、誇らしさと愛おしさでいっぱいに満たされていく。
千秋先生も、自分の濡れたラッシュガードのポケットから、あのあたたかい『水晶のお守り』をそっと取り出して私の手のひらに握らせてくれた。
お守りと、私の右手の水晶の指輪がキラリと黄金色の光を放ち、冷え切っていた私の体をすうっと温かい奇跡の熱で包み込んでいった。
「ふはは! 見事な父親のカルテだったぞ、若い医者よ。神の私の最高のおまけ(追い風)を、完璧に活かしてみせたな」
砂浜の上でスイカに包丁をサクッと入れながら、銀髪の神様が満足そうに微笑んだ。
神様がもう一度パチンと指を鳴らすと、太陽の光がひときわ眩しく輝き、私たちの濡れた体がポカポカと乾いていく。
「これからもその強い手のひらで、私の繋いだ命をたくさん守ってやるがいいぞ」
神様はそう言い残すと、白い羽を大きく羽ばたかせて、夏の青空の向こうへと消えていった。
神様が消え去り、すべてが平和になった、その瞬間だった。
「う、うわぁぁぁぁん!!! みことちゃんが、みことちゃんが無事で本当に良かったよぉぉぉーーっ!!! パパ、怖くて、怖くて、もう心臓のカルテが止まるかと思ったんだよぉぉぉぉっ!!!」
緊張の糸が切れた陽太パパは、砂浜の上にへなへなと崩れ落ちると、目から滝のような過去最大の大粒の涙をボロボロと流して、子供のように大号泣し始めた。
「もしみことちゃんに何かあったら、パパ、お天国の両親(本物の千秋先生と美琴ちゃん)に顔向けできないよぉぉぉ、うわぁぁん!」
白衣(砂まみれになった白衣)の袖をびしょ濡れにして大号泣する陽太パパの姿を見て、私は生まれつき涙もろい目のまま、千秋先生とちいさな手を砂浜の下でぎゅっと繋ぎ直して、あぅあぅと幸せいっぱいの声を上げた。
大病院の権力も、難しい医学の言葉も、今の私たちのちいさな手のひらには何もない。
けれど、こうしてフリフリの水着を着てパパを最高に格好良く大活躍させ、千秋先生のラッシュガードの腕に守られ、最後はパパを過去最大に大号泣させて笑い合う毎日は、五十年の遠回りなんて一瞬で吹き飛んでしまうほど、きらきらとした最高の愛に満ち溢れていた。
神様がくれた、生まれ変わりの処方箋。
私たちの双子のワルツは、陽太パパの賑やかな大号泣と、神様が遺していった甘いスイカの匂いに乗って、ここからさらに温かく、誰も見たことのない最高の愛のページをめくっていくのだった。
(第39話・了。第40話へつづく)




