第二部:繋がる命のカルテと、双子のワルツ 第40話:夜店のはしごと、秘密の花火
第二部:繋がる命のカルテと、双子のワルツ
第40話:夜店のはしごと、秘密の花火
海での大冒険で陽太パパのドクター魂に救われ、砂浜の上で過去最大の大号泣を見送ってから、さらに数週間。
楽しかった初めての夏休みもいよいよ終盤を迎え、私たちの小学校のカルテには、ついに『夏祭り(浴衣のデート)』という、最も賑やかで、どこか懐かしいページが追加されようとしていた。
「う、うわぁぁん! 千秋くん、みことちゃん! 浴衣姿が尊すぎて、パパ、もうお財布のカルテも涙腺のカルテも同時に大爆発しちゃうよぉぉぉ!」
お祭りの日の夕方。
実家の神社の鳥居の前で、大きな布製のお財布を握りしめた白衣姿(お祭りなのにやっぱり白衣を着てきてしまった)の陽太パパが、早くもお約束のように目から滝のような大粒の涙を流して大号泣していた。
それもそのはず、今回の夏祭りのために、陽太パパの奥さんが用意してくれた私たちの浴衣は、本当に最高だった。
私は、おっとり天然な私によく似合う、薄ピンク色にたくさんのフリフリとレースがついた、世界一可愛い帯の浴衣♥️
お隣の千秋先生(六歳)は、藍色のすっきりとした粋な古典柄の浴衣をピシッと着こなしていて、ちいさな団扇を片手に、やっぱり大病院の院長先生のような落ち着いた色気を放っていた。
「ほらほら、パパのお小遣いで好きなだけ夜店をはしごしておいで! パパは後ろからハンカチを濡らしながら、二人の最高のカルテをカメラに記録するからねぇ……っ」
陽太パパがボロボロ涙を流しながら一万円札を何枚も差し出してくるものだから、私は天然を発揮してあわあわと両手でそれを受け取り、千秋先生は(やれやれ、本当に僕たちの息子は親バカのカルテが極まっていて微笑ましいね……)と、ちいさな手を額に当てて呆れ顔で笑っていた。
夕闇が迫り、境内にたくさんの提灯がぽっと温かい赤色の光を灯す。
ソースの焦げる匂いや、わたあめの甘い香りが漂う中、私たちはちいさな手をぎゅっと強く握りしめ合って、懐かしい境内の砂利を踏みしめた。
ここは、前世のすべての始まりの場所であり、二人が人生の終着駅で五十五歳と六十七歳になって、誰にも遠慮せずに初めて手を繋ぎ直した、魂の場所だ。
(美琴ちゃん、こうして君の浴衣姿を見ながら境内の出店を巡るなんて、前世の長い遠回りの日々を思えば、本当に贅沢なハネムーンの続きだね)
(千秋先生……っ。はい、先生の浴衣姿も、ちいさな王子様みたいで、とっても格好良くてドキドキしちゃいます……っ)
私が顔を真っ赤にしながら手をぎゅっと握り直すと、千秋先生は深く目元のシワを寄せるようにして、本当に愛おしそうに微笑んでくれた。
私たちは陽太パパのお小遣いで、水ヨーヨー釣りをしたり、甘いリンゴ飴を半分こして食べたりして、最高のデートを楽しんだ。
後ろでは陽太パパが「二人の指先が触れ合ったぁぁ!」とカメラのファインダーを覗きながらボロボロ涙を流して大号泣し、奥さんに「陽太さん、怪しい人みたいだから泣くのをやめて!」とビデオカメラの紐でぽんぽん叩かれていた。
そして、夜も更けた頃。
お祭りのクライマックスである、大きな花火の打ち上げが始まった。
ヒュゥゥゥ、と夜空へ昇っていく細い光の線。
次の瞬間、
ドンッ!
と鼓動に響く大きな音とともに、真っ黒な夜空に色とりどりの巨大な大輪の光が咲き誇った。
「わあ……っ! きらきら!」
私が目を輝かせて見上げていると、突然、ざあっと心地よい夏の夜風が吹き抜け、神社の本殿の立派な反り返った屋根の上に、一つのちいさな影が浮かび上がった。
「ふはは! ちびっこたちよ、神の私の特等席へようこそ。夏休みの最後に、極上の『秘密の花火』を授けてやろう!」
白い服を着て、さらさらとした銀色の髪を揺らしたあの神様が、屋根の上に腰掛けて、どこから持ってきたのかお祭り用のラムネ瓶を美味しそうにプシューッと開けて飲んでいた。
神様が不敵に笑って、パチンと綺麗に指を鳴らした、その瞬間だった。
白い服を着て、さらさらとした銀色の髪を揺らしたあの神様が、屋根の上に腰掛けて、どこから持ってきたのかお祭り用のラムネ瓶を美味しそうにプシューッと開けて飲んでいた。
神様が不敵に笑って、パチンと綺麗に指を鳴らした、その瞬間だった。
夜空に向かって、ひときわ大きな三発の光が打ち上がった。
ドンッ、ドンッ、ドンッ!
爆音とともに夜空に広がったのは、普通の大輪の花火ではなかった。
なんと、夜空いっぱいに光のインクで浮かび上がったのは、可愛い『ひよこ組の折り紙風船(クマさんの形)』の巨大な花火、そしてその隣で優しく繋がれた『二つのちいさな手のひら』のカタチをした、神秘的な黄金色の花火だったのだ!
「えええええっ!?!? 花火のカタチが、うちの双子ちゃんの手のひらになってるぅぅぅっ!?」
観客席の後ろで、陽太パパが目玉を飛び出すほど丸く見開いて絶叫した。
私の右手の薬指の(目には見えないけれど確かにある)水晶の指輪がキラリと輝き、神様の花火の温かい光が、私たちのちいさな体に、夏の疲れをすべて吹き飛ばすような不思議なポカポカとした力を満たしていった。
「実に見事な愛のカルテだな。ちびっこ名医たち、今世もお前たちのその固く結ばれた手のひらで、たくさんの命を笑顔にしてやるがいいぞ」
屋根の上の神様はそう言い残すと、白い羽をパタパタと大きく羽ばたかせて、大輪の花火の光の中に溶け込むようにして夜空の向こうへと消えていった。
「う、うわぁぁん! 神様の打ち上げ花火が尊すぎて、パパ、もう今日の夜は嬉し涙でパジャマの袖(白衣の袖)がナイアガラの滝のようだよぉぉぉ……っ!」
お祭りが終わり、帰りの車の中で、陽太パパはまたしてもへなへなと崩れ落ちるように大号泣し、奥さんに「はいはい、陽太さん、最高の夏休みだったわね」と呆れて笑われていた。
大病院の権力も、難しい医学の言葉も、今の私たちのちいさな手のひらには何もない。
けれど、こうしてフリフリの浴衣を着てパパをお財布ごと大爆発させ、千秋先生とちいさな手をぎゅっと繋いで神様の花火を見上げる毎日は、五十年の遠回りなんて一瞬で吹き飛んでしまうほど、きらきらとした最高の愛に満ち溢れていた。
神様がくれた、生まれ変わりの処方箋。
私たちの双子のワルツは、陽太パパの賑やかな大号泣と、神様が夜空に遺していったきらきらの光の余韻に乗って、ここからさらに温まく、誰も見たことのない最高の愛のページをめくっていくのだった。
(第40話・了。第41話へつづく)




